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秋風
あきかぜ
作品ID7921
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日初版
初出「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-03-30 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 秋風が冷や冷やと身にしみる。
 手の先の変につめたいのを気にしながら書斎に座り込んで何にも手につかない様な、それで居て何かしなければ気のすまない様な気持で居る。
 七月からこっち、体の工合が良くない続きなので、余計寒がりに、「かんしゃく持」になった。
 茶っぽく青い樫の梢から見える、高あく澄んだ青空をながめると、変なほど雲がない。
 夏中見あきるほど見せつけられた彼の白雲は、まあどこへ行ったやらと思う。
 いかにも気持が良い空の色だ。
 はっきりした日差しに苔の上に木の影が踊って私の手でもチラッと見える鼻柱でも我ながらじいっと見つめるほどうす赤い、奇麗な色に輝いて居る。
 こんな良い空を勝手に仰ぎながら広い「野っぱ」を歩いて居る人が有ろうと思うと、斯うして居る自分が情なくなって来る。そうした人達が羨ましい様な、ねたましい様な気がする。
 それかと云って、厚着をして不形恰に着ぶくれた胴の上に青い小さな顔が乗って居る此の変な様子で人の集まる処へ出掛ける気もしない。
「なり」振りにかまわないとは云うもののやっぱり「女」に違いないとつくづく思われる。
 こないだっから仕掛けて居たものが「つまずい」て仕舞ったのでその事を思うと眉が一人手に寄って気がイライラして来る。
 出掛ける気にもならず、仕たい事は手につかず、気は揉める。
「どうしようかなあ。
 馬鹿らしい独言を云って机の上に散らばった原稿紙や古ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末をつけて呉れたらよかろうと思う。
 未だお昼前だのに来る人の有ろう筈もなしと思うと昨日大森の家へ行って仕舞ったK子が居て呉れたらと云う気持が一杯になる。
 いつ呼んでも来て呉れる心安い、明けっぱなしで居られる友達の有難味を、離れるとしみじみと感じる。
 彼の人が来れば仕事の有る時は、一人放って置いて仕事をし、暇な時は寄っかかりっこをしながら他愛もない事を云って一日位座り込んで居る。
 あきれば、
「又来ます、気が向いたら。
と云って一人でさっさと帰って行く。
 私は、私より二寸位背の高い彼の人が、私の貸した本を腕一杯に抱えて、はじけそうな、銀杏返しを見せて振り向きもしないで、町風に内輪ながら早足に歩いて行く後姿なんかを思いながらフイと番地を聞いて置かなかった、自分の「うかつ」さをもう取り返しのつかない事でもした様に大業に思った。
 裏通りの彼の人の叔父の家へ行けばすぐわかる事だけれ共、人をやるほどの事でもなしと思って、「おととい」出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。
 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。
 女中に、
 私の処へ手紙が来てないかい。
ときく。書生にも同じ事を聞く。
 十二時すぎに、待ち兼ねて居たものが来た。
 葉書の走り書きで、今日の午後に来ると云ってよこし…

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