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秋毛
あきげ
作品ID7922
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日初版
初出「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-03-30 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 病みあがりの髪は妙にねばりが強くなって、何ぞと云ってはすぐこんぐらかる。
 昨日、気分が悪くてとかさなかったので今日は泣く様な思いをする。
 櫛の歯が引っかかる処を少し力を入れて引くとゾロゾロゾロゾロと細い髪が抜けて来る。
 三度目位までは櫛一杯に抜毛がついて来る。
 袖屏風の陰で抜毛のついた櫛を握ってヨロヨロと立ちあがる抜け上った「お岩」の凄い顔を思い出す。
 只さえ秋毛は抜ける上に、夏中の病気の名残と又今度の名残で倍も倍も抜けて仕舞う。
 いくら、ぞんざいにあつかって居るからってやっぱり惜しい気がする。
 惜しいと思う気持が段々妙に淋しい心になって来る。
 細かい「ふけ」が浮いた抜毛のかたまりが古新聞の上にころがって、時々吹く風に一二本の毛が上の方へ踊り上ったり靡いたりして居る様子はこの上なくわびしい。
 此頃は只クルクルとまるめて真黒なピンでとめて居るばかりだ。
 結ったって仕様のない様な気がする。
 若い年頃の人が髪をおろす時の気持が思いやられる。
 ピッタリと頭の地ついた少ない髪を小さくまるめた青い顔の女が、体ばっかり着ぶくれて黄色な日差しの中でマジマジと物を見つめて居る様子を考えて見ると我ながらうんざりする。
 毎朝の抜毛と、海と同じ様な碧色の黒みがかった様な色をした白眼の中にポッカリと瞳のただよって居る私の眼は、見るのが辛い様な気がする。
 白眼が素直な白い色をして居ない者は「□持」だと云うけれ共私もたしかにそうなのかもしれない。
 時々、此の青っぽい白眼も奇麗に見える事があるけれ共、此頃の様なまとまらない様子をして居ると、眼ばっかりが生きて居る様な――何だか先ぐ物にでも飛び掛りそうに見える。
 弟が「どら猫」の眼の様だと笑った。
 ほんとうに此頃は「どら猫」の生活をして居る。
 眠りたいだけ眠り、気の向いた時食べ、そして何をするでもなくノソノソ家中歩き廻って居る。
 それでもまあ、少しばかり読んだり書いたりする位が人間らしい。
 何か読むか書くかしなければ居られない私がその仕事を取りあげられて仕舞うと「どら猫」より馬鹿になって仕舞う。
 ボンヤリと空をながめて居たり、うなだれて眼ばかり上眼を用って物をねらう様な様子をしたりする。
 変に陰気になってろくに笑いもしなくなる。
 呑助が酒を取り上げられたのと同じになるのをつい此間から草花でまぎらす事を気がついた。
 五六本ある西洋葵の世話だのコスモスとダーリアの花を数えたりして居る。
 早りっ気で思い立つと足元から火の燃えだした様にせかせか仕だす癖が有るので始めの一週間ばかりはもうすっかりそれに気を奪われて居た。
 土の少なくなったのに手を泥まびれにして畑の土を足したり枯葉をむしったりした。
 けれ共今はもうあき掛って居る。
 あんまり騒がなくなった四五日前から前よりも一層ひどく髪が抜ける様にな…

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