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一条の縄
ひとすじのなわ
作品ID7937
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十九巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年12月25日初版
初出「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-09-01 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 月の冴えた十一月の或る夜である。
 二羽の鴨が、田の畔をたどりたどり餌を漁って居る。
 収獲を終った水田の広い面には、茶筅の様な稲の切り株がゾクゾク並んで、乾き切って凍て付いた所々には、深い亀裂破れが出来て居る。
 小路は霜で白く光り、寒げな靄に立ちこめられた彼方には、遠く高い山並みや木立の影が夢の様に浮き上って、人家の灯かげがところ、どころにチラチラと、小さく暖かそうに瞬いて居る。
 そよりともしない夜更けの寒い静かな裡に、二つのひしゃげた影坊師がヨチヨチと動いて行くのである。
 彼等は折々立ち止まって、水溜りに嘴を突込んでは意地の汚なそうな、ジュ、ジュジュ、ジュと云う音を立てながら歩いて行った。
「お月様は明るい。
 餌はまあかなり工合の好い方だ。
 おまけに、自分達は若いんだし、奇麗だし、仲は好いし……
 ほんとに好い気持だなあ。
 雄鴨は非常に愉快であった。
 自分のすぐ傍を、小じんまりした形の好い形を左右に揺りながら、さも嬉しそうについて来る雌鴨を、目を大きくしてながめると、一杯にこみあげて来る満足を押え切れない様に、若い雄鴨は大羽ばたきをして、笛の様に喉をならした。
「まあ、其那声を出して……。どうしたの?
 何が其那に嬉しいの。
 一足前に出て、しきりに泥を掘じくって居た雌鴨は、首を振りながら、喫驚した様にきいた。
「何がってお前うれしいじゃないかねえ。
 まあ考えても御覧よ、虫は此那にも居るしさ、お天気はもって来いだしさ。
 その上お前まで、其那に奇麗なんだもんなあ嬉しくなくってどうするんだ。
 まあ一寸此方を向けよ、ほんとに俺りゃ気持が好い。
「そうねえ。
 ほんとに好い工合だわ。だけどそう喋らずに此れをたべて御覧なさいよ。随分美味しいわ、よーく肥ってるんだもの。
 雌鴨は泥だらけの虫を、嘴で振り廻しながら云った。
「有難うよほんとに美味しいね。
 けれ共考えて見りゃあ私共はほんとに、運が好いんだよ。今まで何処へ行ったって食べるものには困ったことはなし、其那にこわいと云う程の目にも会わないんだからねえ。どうかこれからも、そうですみます様にだ。ほんとに運が悪いとなると、あの片目の雌鴨みたいなのさえ居るんだからなあ。
「片目のって? どんなんだって? 第一そんなのと私共一緒に居た事があったかしらん。
「ほらお前もう忘れたの? ついこないだまで一緒に居たじゃないか、あのうんと大きな体のさ! よくお前と突つきあいばっかりして居た癖に。
「ああそうそう居ましたっけねえ思い出したわ、あの慾張りなんでしょう。私大きらい彼那の!
「まあきらいでもかまいやしないけど兎に角運の悪いんだってよ、ほら! 何ぞと云っちゃあ、一度捕えられて、人の家に飼われて居た時猫に目を片輪にされて、漸々逃げ出すと今度は又食べるもんがなくって、死にかけて居る所を又他の人につかまって…

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