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二人の兄弟
ふたりのきょうだい |
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作品ID | 837 |
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著者 | 島崎 藤村 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「赤い鳥傑作集」 新潮文庫、新潮社 1955(昭和30)年6月25日、1974(昭和49)年9月10日29刷改版 |
入力者 | 舞 |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2000-02-15 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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一 榎木の実
皆さんは榎木の実を拾ったことがありますか。あの実の落ちて居る木の下へ行ったことがありますか。あの香ばしい木の実を集めたり食べたりして遊んだことがありますか。
そろそろあの榎木の実が落ちる時分でした。二人の兄弟はそれを拾うのを楽みにして、まだあの実が青くて食べられない時分から、早く紅くなれ早く紅くなれと言って待って居ました。
二人の兄弟の家には奉公して働いて居る正直な好いお爺さんがありました。このお爺さんは山へも木を伐りに行くし畠へも野菜をつくりに行って、何でもよく知って居ました。
このお爺さんが兄弟の子供に申しました。
「まだ榎木の実は渋くて食べられません。もう少しお待ちなさい。」とそう申しました。
弟は気の短い子供で、榎木の実の紅くなるのが待って居られませんでした。お爺さんが止めるのも聞かずに、馳出して行きました。この子供が木の実を拾いに行きますと、高い枝の上に居た一羽の橿鳥が大きな声を出しまして、
「早過ぎた。早過ぎた。」と鳴きました。
気の短い弟は、枝に生って居るのを打ち落すつもりで、石ころや棒を拾っては投げつけました。その度に、榎木の実が葉と一緒になって、パラパラパラパラ落ちて来ましたが、どれもこれも、まだ青くて食べられないのばかりでした。
そのうちに今度は兄の子供が出掛けて行きました。兄は弟と違って気長な子供でしたから「大丈夫、榎木の実はもう紅くなって居る。」と安心して、ゆっくり構えて出掛けて行きました。兄の子供が木の実を拾いに行きますと、高い枝の上に居た橿鳥がまた大きな声を出しまして、
「遅過ぎた。遅過ぎた。」と鳴きました。
気長な兄は、しきりと木の下を探し廻りましたが、紅い榎木の実は一つも見つかりませんでした。この子供がゆっくり出掛けて行くうちに、木の下に落ちて居たのを皆な他の子供に拾われてしまいました。
二人の兄弟がこの話をお爺さんにしましたら、お爺さんがそう申しました。
「一人はあんまり早過ぎたし、一人はあんまり遅過ぎました。丁度好い時を知らなければ、好い榎木の実は拾われません。私がその丁度好い時を教えてあげます。」と申しました。
ある朝、お爺さんが二人の子供に、「さあ、早く拾いにお出なさい、丁度好い時が来ました。」と教えました。その朝は風が吹いて、榎木の枝が揺れるような日でした。二人の兄弟が急いで木の下へ行きますと、橿鳥が高い枝の上からそれを見て居まして、
「丁度好い。丁度好い。」と鳴きました。
榎木の下には、紅い小さな球のような実が、そこにも、ここにも、一ぱい落ちこぼれて居ました。二人の兄弟は木の周囲を廻って、拾っても、拾っても、拾いきれないほど、それを集めて楽みました。
橿鳥は首を傾げて、このありさまを見て居ましたが、
「なんとこの榎木の下には好い実が落ちて居ましょう。沢山お拾いなさ…