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のびじたく
作品ID841
著者島崎 藤村
文字遣い新字新仮名
底本 「少年少女日本文学館 第三巻 ふるさと・野菊の墓」 講談社
1987(昭和62)年1月14日
入力者もりみつじゅんじ
校正者柳沢成雄
公開 / 更新1999-12-22 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 十四、五になる大概の家の娘がそうであるように、袖子もその年頃になってみたら、人形のことなぞは次第に忘れたようになった。
 人形に着せる着物だ襦袢だと言って大騒ぎした頃の袖子は、いくつそのために小さな着物を造り、いくつ小さな頭巾なぞを造って、それを幼い日の楽しみとしてきたか知れない。町の玩具屋から安物を買って来てすぐに首のとれたもの、顔が汚れ鼻が欠けするうちにオバケのように気味悪くなって捨ててしまったもの――袖子の古い人形にもいろいろあった。その中でも、父さんに連れられて震災前の丸善へ行った時に買って貰って来た人形は、一番長くあった。あれは独逸の方から新荷が着いたばかりだという種々な玩具と一緒に、あの丸善の二階に並べてあったもので、異国の子供の風俗ながらに愛らしく、格安で、しかも丈夫に出来ていた。茶色な髪をかぶったような男の児の人形で、それを寝かせば眼をつぶり、起こせばぱっちりと可愛い眼を見開いた。袖子があの人形に話しかけるのは、生きている子供に話しかけるのとほとんど変わりがないくらいであった。それほどに好きで、抱き、擁え、撫で、持ち歩き、毎日のように着物を着せ直しなどして、あの人形のためには小さな蒲団や小さな枕までも造った。袖子が風邪でも引いて学校を休むような日には、彼女の枕もとに足を投げ出し、いつでも笑ったような顔をしながらお伽話の相手になっていたのも、あの人形だった。
「袖子さん、お遊びなさいな。」
と言って、一頃はよく彼女のところへ遊びに通って来た近所の小娘もある。光子さんといって、幼稚園へでもあがろうという年頃の小娘のように、額のところへ髪を切りさげている児だ。袖子の方でもよくその光子さんを見に行って、暇さえあれば一緒に折り紙を畳んだり、お手玉をついたりして遊んだものだ。そういう時の二人の相手は、いつでもあの人形だった。そんなに抱愛の的であったものが、次第に袖子から忘れられたようになっていった。そればかりでなく、袖子が人形のことなぞを以前のように大騒ぎしなくなった頃には、光子さんともそう遊ばなくなった。
 しかし、袖子はまだ漸く高等小学の一学年を終わるか終わらないぐらいの年頃であった。彼女とても何かなしにはいられなかった。子供の好きな袖子は、いつの間にか近所の家から別の子供を抱いて来て、自分の部屋で遊ばせるようになった。数え歳の二つにしかならない男の児であるが、あのきかない気の光子さんに比べたら、これはまた何というおとなしいものだろう。金之助さんという名前からして男の子らしく、下ぶくれのしたその顔に笑みの浮かぶ時は、小さな靨があらわれて、愛らしかった。それに、この子の好いことには、袖子の言うなりになった。どうしてあの少しもじっとしていないで、どうかすると袖子の手におえないことが多かった光子さんを遊ばせるとは大違いだ。袖子は人形を抱くように金之助さん…

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