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路傍の雑草
ろぼうのざっそう
作品ID842
著者島崎 藤村
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆94  草」 作品社
1990(平成2)年8月25日
入力者増元弘信
校正者浦田伴俊
公開 / 更新2000-06-24 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 学校の往還に――すべての物が白雪に掩はれて居る中で――日の映つた石垣の間などに春待顔な雑草を見つけることは、私の楽しみに成つて来た。長い間の冬籠りだ。せめて路傍の草に親しむ。
 南向きもしくは西向きの桑畠の間を通ると、あの葉の緑だけ紫色な「かなむぐら」がよく顔を出して居る。「車花」ともいふ。あの車の形した草が生えて居るやうな、土手の雪間には、必つと「青はこべ」も蔓ひのたくつて居る。「青はこべ」は百姓が鶏の雛に呉れるものだと、学校の小使が言つた。石垣の間には、スプウンの形した紫青色の葉を垂れた「鬼のはゞき」や、平べつたい肉厚な防寒服を着たやうな「きしや草」なぞもある。蓬の枯れたのや、其他種々な雑草の枯れ死んだ中に、細く短い芝草が緑を保つて、半ば黄に、半ば枯々としたのもある。私達が学校のあるあたりから士族屋敷地へかけては水に乏しいので、到るところに細い流を導いてある。その水は学校の門前をも流れて居る。そこへ行つて見ると、青い芝草が残つて、他の場所で見るよりは生々として居る。
 奈何いふ世界の中に是等の雑草が顔を出して、中には極く小さな蕾の支度をして居るか、それも君に聞いて貰ひたい。一月の二十七日あたりから三十一日を越え、二月の六日頃までは、殆んど寒さの絶頂に達した。山の上に住み慣れた私も、ある日は手の指の凍り縮むのを覚え、ある日は風邪のために発熱して、気候の激烈なるに驚かされる。降つた雪は北向きの屋根や庭に凍つて、連日溶くべき気色も無い………私は根太の下から土と共に持ち上つて来た霜柱の為に戸の閉らなくなつた古い部屋を見たことがある。北向きの屋根の軒先から垂下る氷柱は二尺、三尺に及ぶ。身を包んで屋外を歩いて居ると気息がかゝつて外套の襟の白くなるのを見る。斯ういふ中で元気の好いのは屋根の上を飛ぶ雀と雪の中をあさり歩く犬とのみだ。
 草木のことを言へば、福寿草を小鉢に植ゑて床の間に置いたところが、蕾の黄ばんで来る頃から寒さが強くなつて、暖い日は起き、寒い日は倒れ萎れる有様である。驚くべきは南天だ。花瓶の中の水は凍りつめて居るのに、買つて挿した南天の実は赤々と垂下つて葉も青く水気を失はず、活々と変るところが無い。
 君は牛乳の凍つたのを見たことがあるまい。淡い緑色を帯びて、乳らしい香もなくなる。こゝでは鶏卵も凍る。それを割れば白味も黄味もザク/\に成つて居る。台所の流許に流れる水は皆な凍り着く。葱の根、茶滓まで凍り着く。明窓へ薄日の射して来た頃、出刃庖丁か何かで流許の氷をかん/\打割るといふは暖い国では見られない図だ。夜を越した手桶の水は、朝に成つて見ると半分は氷だ。それを日にあて氷を叩き落し、それから水を汲入れるといふ始末だ。沢庵も、茶漬も皆な凍つて、噛めばザク/\音がする。時には漬物まで湯ですゝがねばならぬ。奉公人の手なぞを見れば、黒く荒れ、皮膚裂けてところ/″\…

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