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第五氷河期
だいごひょうがき |
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作品ID | 868 |
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著者 | 海野 十三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「十八時の音楽浴」 早川文庫、早川書房 1976(昭和51)年1月15日 |
入力者 | 大野晋 |
校正者 | 鈴木伸吾 |
公開 / 更新 | 2000-03-29 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 29 ページ(500字/頁で計算) |
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氷河狂の老博士
「氷河狂」といえば、誰も知らない者はない北見徹太郎博士は、ついに警視庁へ出頭を命ぜられた。
老博士は、銀髪銀髯の中から、血色のいい頬を耀かせ、調室の壊れかかった椅子に傲然と反り身になり、ひとり鼻をくんくん鳴らしていた。
「うむ、実にけしからん。わしをわざわざ呼んでおきながら、いつまで待たせるのか。わしを一分間、むだに過ごさせるということはやがて一千人の人間、いや一万人の人間を凍結させることになるのだ。ばかな話じゃ」
そういって老博士は、またもや、鼻をくんくん鳴らした。
午後の陽ざしが、ただ一つ西側にあいた窓から入ってきて、破れたリノリウムの上に、鉄格子の影をおとしている。冬とはいえ、今年はいやに暖い日がつづく。
扉が、乱暴に開いて、警官が、ぬっと顔をさし入れた。彼は、博士の姿を見ると、後をふりかえって、うなずいた。
博士は、椅子からとび上がり、
「おい、こら。いつまで待たせるのじゃ。総監にそういえ」
と、人もなげな口をきいた。
そのとき、入口から、力士にしてもはずかしくない巨漢が現われた。きちんとした制服に身をかためた植松総監だった。そのあとから、背広服の人物が三、四人。
「やあ、北見博士。お待たせいたしました。なにしろ、今日は、つぎつぎに急ぎの仕事が押しかけたもので、たいへん遅くなって申し訳ありません」
総監は、人ざわりのいい言葉で、老博士の機嫌をとった。
「今日は、わしをどうしようというのかな。わしも、あなた以上に忙しい身の上だから、早いところ用事を片づけてもらいましょう」
「いや、博士、例の氷河の件ですがね。今日は、皆で博士の話を承ろうというので、集まってきたんです。さあ、皆さん、そこらへ席をとってください」
北見博士は、うさんくさそうに、総監についてきた一同の顔を見まわした。
「この連中は、何者じゃな」
「皆、本庁関係の者ですよ。博士の氷河の話に、たいへん興味をもっている人たちです。――博士、氷河期が近くこの地球に襲来するというのは、本当ですか」
「本当か嘘か、そんなことをいまさら論じているひまはない。氷河期が来ることは、もはや疑いのないことだ。われわれは早速、これに対する防衛手段を講じなくてはならない」
老博士は、怒ったようにいう。
「氷河期が来ると、いったい、どういうことになるのでしょうか。われわれ素人に、よくわかるように話していただきましょう」
総監は、あくまで下から出る。
「氷河期が来ると、どんなことになるか。そんなことは、わしに聞くまでもない。要するに、地球の大部分――いや、今度やって来る第五氷河期は、おそらく地球全体を蔽いつくしてしまうだろう。このままでいけば、地球のあらゆる生物は死滅し、あらゆる文化が壊滅し、軍備も経済も産業も、すべてめちゃくちゃになる。たとえ幸運に推移して、いくらかの人…