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宇宙女囚第一号
うちゅうじょしゅうだいいちごう
作品ID880
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「十八時の音楽浴」 早川文庫、早川書房
1976(昭和51)年1月15日
入力者大野晋
校正者しず
公開 / 更新2000-02-02 / 2014-09-17
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 イー・ペー・エル研究所に絵里子をたずねた僕は、ついに彼女に会うことができず、そのかわり普段はろくに口をきいたこともない研究所長マカオ博士に手をとられんばかりにして、その室に招じられたものである。この思いがけない博士の待遇に、僕は面くらったばかりか、なんだか変な気持さえ生じた。
「おうほ、絵里子はね、――」
 おうほと、博士独特の妙な感歎詞をなげるごとに、博士の頤髯がごそりとうごいた。
「おうほ、絵里子はね、女性にはめずらしい学究だ。君と絵里子とは結婚する約束があるそうだが、君は世界一の令夫人を迎えるわけで、世界一の名誉を得るわけだ。しかしねえ、――」
 といって博士はちょっと小首をかしげ、
「しかしねえ、絵里子を妻にした君が、家庭的にはたして幸福者といえるかどうかはわからないよ。第一わしはいつもこう考えている。絵里子の科学的天才を区々たる家庭的の仕事――コーヒーをいれたり、ベッドのシーツを敷きなおしたり、それから馬鈴薯の皮をむいたりするようなことで曇らせるのは、世界の学術のためにたいへんな損失である、――」
「まあ待ってください、マカオ博士」
 と僕は、胸の下からつきあげてくる憤りを一生懸命こらえながら叫んだ。
「博士、するとあなたは、僕たちの結婚に反対されるわけなのですか」
 博士は、ごそりと頤髯をうごかし、
「おうほ、なにもわしが君がたの結婚に反対とはいっていない。しかしだ、君がたは自発的に天の理にしたがうのが賢明じゃろうというものだ」
 博士は僕たちが結婚することを非常に忌みきらっているものと思われる。僕は、非常に不満だ。
「まあ、そう脣をふるわせんでもいい。いや君の不満なのはよう分っている。しかしじゃ、科学というものは君が考えているより、もっと重大なものだ。時には、結婚とか家庭生活とかよりも重大なものだ。――そう、わしをこわい目で睨むな。よくわかっているよ、君はわしの説に反対だというんだろう。ところがそれはわしの目から見ると君が若いというか、君がまだ多くを知らないというか、それから発したことだ」
「マカオ博士、――」
「こら待たんか。その大きな拳で、わしの頤をつきあげようというのだろう。そしてわしの頸をぎゅーっと締めつけようというのだろう。それくらいのことはわかっているぞ。だが待て、ちょっと待ってくれ。わしが君に殴り殺される前に、ぜひ君に見せてやりたいものがある」
 博士は、まだ頸をしめつけられてもいないのに、くるしそうにあえぎあえぎ言う。
「僕に見せるって、いったいそれは何を見せるというのですか」
 僕はさすがに気になった。絵里子に関係のあることではないかと、すぐそのように思ったのであった。
 博士は僕を制して、自分のあとについてくるようにと合図をおくった。
 博士の後に従って、僕は小暗い長廊下をずんずん奥へあるいていった。
 そのうちに博士は、…

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