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渦巻ける烏の群
うずまけるからすのむれ
作品ID884
著者黒島 伝治
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和文学全集 第32巻」 小学館
1989(平成元)年8月1日
入力者大野裕
校正者Juki
公開 / 更新2000-03-22 / 2014-09-17
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   一

「アナタア、ザンパン、頂だい。」
 子供達は青い眼を持っていた。そして、毛のすり切れてしまった破れ外套にくるまって、頭を襟の中に埋めるようにすくんでいた。娘もいた。少年もいた。靴が破れていた。そこへ、針のような雪がはみこんでいる。
 松木は、防寒靴をはき、ズボンのポケットに両手を突きこんで、炊事場の入口に立っていた。
 風に吹きつけられた雪が、窓硝子を押し破りそうに積りかかっていた。谷間の泉から湧き出る水は、その周囲に凍てついて、氷の岩が出来ていた。それが、丁度、地下から突き出て来るように、一昨日よりは昨日、昨日よりは今日の方がより高くもれ上って来た。彼は、やはり西伯利亜だと思った。氷が次第に地上にもれ上って来ることなどは、内地では見られない現象だ。
 子供達は、言葉がうまく通じないなりに、松木に憐れみを求め、こびるような顔つきと態度とを五人が五人までしてみせた。
 彼等が口にする「アナタア」には、露骨にこびたアクセントがあった。
「ザンパンない?」子供達は繰かえした。「……アナタア! 頂だい、頂だい!」
「あるよ。持って行け。」
 松木は、残飯桶のふちを操って、それを入口の方へころばし出した。
 そこには、中隊で食い残した麦飯が入っていた。パンの切れが放りこまれてあった。その上から、味噌汁の残りをぶちかけてあった。
 子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引きの洗面器へ残飯をかきこんだ。
 炊事場は、古い腐った漬物の臭いがした。それにバターと、南京袋の臭いがまざった。
 調理台で、牛蒡を切っていた吉永が、南京袋の前掛けをかけたまま入口へやって来た。
 武石は、ぺーチカに白樺の薪を放りこんでいた。ぺーチカの中で、白樺の皮が、火にパチパチはぜった。彼も入口へやって来た。
「コーリヤ。」
 松木が云った。
「何?」
 コーリヤは眼が鈴のように丸くって大きく、常にくるくる動めいている、そして顔にどっか尖ったところのある少年だった。
「ガーリヤはいるかね?」
「いるよ。」
「どうしてるんだ。」
「用をしてる。」
 コーリヤは、その場で、汁につかったパン切れをむしゃむしゃ頬張っていた。
ほかの子供達も、或はパンを、或は汁づけの飯を手に掴んでむしゃむしゃ食っていた。
「うまいかい?」
「うむ。」
「つめたいだろう。」
 彼等は、残飯桶の最後の一粒まで洗面器に拾いこむと、それを脇にかかえて、家の方へ雪の丘を馳せ登った。
「有がとう。」
「有がとう。」
「有がとう。」
 子供達の外套や、袴の裾が風にひらひらひるがえった。
 三人は、炊事場の入口からそれを見送っていた。
 彼等の細くって長い脚は、強いバネのように、勢いよくぴんぴん雪を蹴って、丘を登っていた。
「ナーシヤ!」
「リーザ!」
 武石と吉永とが呼んだ。
「…

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