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作品ID | 922 |
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著者 | 夢野 久作 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「夢野久作全集3」 ちくま文庫、筑摩書房 1992(平成4)年8月24日 |
初出 | 「新青年」1929(昭和4)年7月 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 久保あきら |
公開 / 更新 | 2000-06-17 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 65 ページ(500字/頁で計算) |
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――ホントウの悪魔というものはこの世界に居るものか居ないものか――
――居るとすればその悪魔は、どのような姿をしてドンナ処に潜み隠れているものなのか――
――その悪魔はソモソモ如何なる因縁によって胎生しつつ、どのような栄養物を摂って生長して行くものなのか――
――その害悪と冷笑とを逞ましくし行く手段は如何――
斯様な質問に対して躊躇せずに答え得る人間は、そう余計には居るまいと思う。
然るに私はまだヤット二十歳になったばかしの青二才である。だから聖人でも哲学者でもない筈であるが、しかしこの問いに対しては明白に答え得る確信を持っている。
――ホントウの悪魔とは、自分を悪魔と思っていない人間を指して云うのである――自分では夢にも気付かないまんまに、他人の幸福や生命をあらゆる残忍な方法で否定しながら、平気の平左で白昼の大道を濶歩して行くものが、ホントウの悪魔でなければならぬ。――
――だから真個の悪魔というものは誰の眼にも止まらないで存在しているのだ――
――そのような悪魔の現実社会に於ける生活とか、仕事とかいうものが如何に戦慄すべきものがあるかという事なぞも、滅多に考えられた事がないのだ――
……と……。
「彼奴は悪魔だ。お前と俺の生涯をドン底まで詛って来た奴だ。今度彼奴に会ったら、鉄鎚で脳天を喰らわしてやるんだぞ。いいか。忘れるなよ」
親父は私にこう云って聞かせるたんびに、煎餅蒲団の上で起き直った。蓬々と乱れた髪毛と髯の中から、血走った両眼をギョロギョロと剥き出して、洗濯板みたいに並んだ肋骨を撫でまわしてゼイゼイゼイゼイと咳をした。そのうちに昂奮して神経が釣り上って来ると、その悪魔が眼の前に坐っているかのように、鼻の先の薄暗い空間を睨み付けてギリギリと歯ぎしりをしながら、骨と皮ばかりの手を振り上げて鉄鎚をグワンと打ちおろす真似をして見せる事もあったが、その顔の方がよっぽど恐ろしくて、活動に出て来る悪魔ソックリに見えたので、私はいつも子供心に一種の滑稽味を感じさせられた。親父は悪魔を取り違えているのじゃないか知らんと思って……。
親父が悪魔と云っているのは、親父の実の弟で、私にとってはタッタ一人の叔父に当る、児島良平という男であった。何でもその叔父というのは、よっぽどタチの悪い人間で、若いうちから放蕩に身を持ち崩したあげく、インチキ賭博の名人になって、親類や友達から見離されていたが、私が三つか四つの年に親父が喘息にかかって弱り込むと間もなく、上手に詫を入れて出入りをするようになった。……と思う間もなく今度は相場師になって身を立てるというので、言葉巧みに親父を誑し込んで、祖父の代から伝わった田地田畠を初め銀行の貯金、親父の保険金なぞいうものを根こそげ捲き上げてしまったあげく、美しいばかりで智慧の足りない私の母親を連れてどこかへ夜逃げをして終っ…