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作品ID | 924 |
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著者 | 海若 藍平 Ⓦ / 夢野 久作 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「夢野久作全集1」 ちくま文庫、筑摩書房 1992(平成4)年5月22日 |
初出 | 「九州日報」1923(大正12)年1月 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | もりみつじゅんじ |
公開 / 更新 | 2000-01-31 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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美代子さんは綺麗な可愛らしい児でしたが、ひとの口真似をするので皆から嫌われていました。
或る日の事、美代子さんはお家の前でたった一人で羽子をついていますと、一人の支那人が反物を担いで遣って来て、美代子さんのお家の門口で、
「奥さん、旦那さん、反物入りまションか」
と言いました。美代子さんはカチリカチリと羽子をつきながら、
「入りまショんよ」
と云いました。
支那人はニヤニヤ笑って美代子さんを見ておりましたが又、
「けんとんけんちゅう(支那の織物の名)入りまションか」
と云いました。
「てんどんけんちん入りまションよ」
と美代子さんは矢張り羽子をつきながら、又口真似をしました。
支那人はこの時大変こわい顔をしましたが、何も知らずに羽子をついている美代子さんのすぐうしろに来て、小さな金襴の巾着をポケットから出してその口を拡げながら、
「オーチンパイパイ」
と云いました。美代子さんは矢張り何気なく羽子をつきながら口真似をしました。
「オーチンパイパイ」
「ハッ」
と支那人が大きなかけ声をしますと、美代子さんは羽子と羽子板ごと影も形も見えなくなってしまいました。
支那人は又ニヤリと笑ってあたりを見まわしましたが、そのまま巾着の口を閉じて懐中へしまって、反物を担いで今度は隣家の門口へ行って知らぬ顔で、
「けんとんけんちゅう入りまションか」
と呼びました。
美代子さんのおうちの玄関で勉強をしていたお兄さんの春夫さんは、支那人が妙なかけ声をすると一時に羽子板の音が聞こえなくなりましたので、変に思って障子を開けて見ますとコハ如何に、たった今までいた美代子さんが影も形も見えません。いよいよ変に思って表へ駆け出して見ると、お天気の良い往来に人通りも無く、二三軒先で支那人が、
「反物入りまションか」
と云っているだけです。
春夫さんはあの支那人が誘拐したに違いないと思いました。
どこに美代子さんを隠したのだろうと思いながら、見えかくれにあとからついて行きますと、支那人は二三軒門口から呼び歩きましたが、間もなく真直ぐに街を出てだんだん賑やかな処へ来ました。そうしてこの街で一番繁華な狭い通りへ来ると、そこの暗い横露地へズンズン曲り込んで、黒い掃き溜の横にある小さな入口へ腰をかがめて這入ると、アトをピシャンと閉めてしまいました。
春夫さんは、この支那人が美代子さんを誘拐しているのじゃないのか知らんと思って、あたりを見まわしましたが、念のため横にある黒い箱にのぼって、その上にある小窓からガラス越しに中をのぞいて見ると、中は真っ暗で何も見えません。只直ぐ眼の前に大きな階段が見えるだけです。そうしてその上の方から聞こえるか聞こえぬ位、かすかに女の子の泣き声が聞えて来るようです。
春夫さんは試しに窓を押して見ると、都合よくスッと開きました。占めたと思って、そ…