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在りし日の歌
ありしひのうた
副題亡き児文也の霊に捧ぐ
なきこふみやのれいにささぐ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「中原中也詩集」 岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年6月16日
初出「在りし日の歌」創元社、1938(昭和13)年4月
入力者浜野安紀子
校正者浜野智
公開 / 更新1999-02-17 / 2014-09-17
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


在りし日の歌



[#改ページ]

含羞

  ――在りし日の歌――



なにゆゑに こゝろかくは羞ぢらふ
秋 風白き日の山かげなりき
椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり

枝々の 拱みあはすあたりかなしげの
空は死児等の亡霊にみち まばたきぬ
をりしもかなた野のうへは
あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき

椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり
その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし

その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし
あゝ! 過ぎし日の 仄燃えあざやぐをりをりは
わが心 なにゆゑに なにゆゑにかくは羞ぢらふ……
[#改ページ]

むなしさ




臘祭の夜の 巷に堕ちて
 心臓はも 条網に絡み
脂ぎる 胸乳も露は
 よすがなき われは戯女

せつなきに 泣きも得せずて
 この日頃 闇を孕めり
遐き空 線条に鳴る
 海峡岸 冬の暁風

白薔薇の 造化の花瓣
 凍てつきて 心もあらず
明けき日の 乙女の集ひ
 それらみな ふるのわが友

偏菱形=聚接面そも
 胡弓の音 つづきてきこゆ
[#改ページ]

夜更の雨

  ――[#挿絵]ルレーヌの面影――



雨は 今宵も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたつてる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
 と、見る[#挿絵]ル氏の あの図体が、
倉庫の 間の 路次を ゆくのだ。

倉庫の 間にや 護謨合羽の 反射だ。
  それから 泥炭の しみたれた 巫戯けだ。
さてこの 路次を 抜けさへ したらば、
  抜けさへ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにや 相違も あるまい?

自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈なぞは なほの ことだ。
酒場の 軒燈の 腐つた 眼玉よ、
  遐くの 方では 舎密も 鳴つてる。
[#改ページ]

早春の風




  けふ一日また金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  女王の冠さながらに
 卓の前には腰を掛け
かびろき窓にむかひます

  外吹く風は金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  枯草の音のかなしくて
 煙は空に身をすさび
日影たのしく身を嫋ぶ

  鳶色の土かをるれば
 物干竿は空に往き
登る坂道なごめども

  青き女の顎かと
 岡に梢のとげとげし
今日一日また金の風……
[#改ページ]






今宵月は[#挿絵]荷を食ひ過ぎてゐる
済製場の屋根にブラ下つた琵琶は鳴るとしも想へぬ
石炭の匂ひがしたつて怖けるには及ばぬ
灌木がその個性を砥いでゐる
姉妹は眠つた、母親は紅殻色の格子を締めた!

さてベランダの上にだが
見れば銅貨が落ちてゐる、いやメダルなのかア
これは今日昼落とした…

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