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寧楽
なら
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「内藤湖南全集 第一巻」 筑摩書房
1970(昭和45)年9月15日
初出「亞細亞」1893(明治26)年7月15日、第二巻第七号(一)、1893(明治26)年8月15日、第二巻第九号(二)
入力者はまなかひとし
校正者菅野朋子
公開 / 更新2001-11-14 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     寧樂 一

浪華三十日の旅寢、このたびは二度目の觀風なれば、さまでに目新らしくも思へず、東とはかはれる風俗など前よりは委しく知れる節もあれど、六十年の前に人の物せる「浪華の風」といふ一書、温知叢書の中に收められしといたく異なれりと見えざるは、世の移りかはり、疾しといへば、疾きが若きものから、又遲しといへば遲くもあるかな、面白かりしは此の間兩度の寧樂行なり。汽車にて一時間半の道程、往くも來るも旅といふ程の用意を要せぬ便利なる代りには、大和巡りとて行李を肩に鞋を足にゆる/\と月日を消すべき支度せんもうるさければ、一寸出かけては一寸かへる、兩度の遊觀もかいなでの名處より外に目も及ばず、汽車の便よしといふ長谷、談峯さては人皇の祖と仰がれさせ給ふ神武のみかど、畝傍山の陵さへも、天氣の都合あしくて拜謁を得遂げざりしこそかへす/″\も殘念なりしか。初度の遊は、友なる神澤子と偕にしたり。折しも新落成の鐵道開業の祝ひとかにて、車賃半額の期限、今日明日と迫りし節なりければ、乘者山の如く、此頃東海道の官設鐵道さへ、發着の時限、あてにならぬ折柄、一人なりとも多く客をつめこむを得とする私設鐵道のあてにならぬは、責むる方が無理なりとぞ。天王寺停車場にやゝ一時間もまたされて、乘りは乘りしが、泰然として人の跡より出かけしに、はや車は立錐の地なく、氣の毒ながらと驛夫の案内に、荷物車の中に十數人と、囚徒然とつめ込まれしは最初の失策なりき、次なる平野の停車場にて、幸に人間の列車に乘ることを得たれど、此處にても一時間ほど後れしは、誠に驚き入たる汽車なりけり。かなたよりくる汽車にも、屋根もなき荷車に溢るゝばかり積み込まれし行屍走肉、昏暮なれば貌の妍※[#「女+蚩」、361-15]、腹の美惡もさだかにはえ分かねど、時々得ならぬ香のするは、豈に上方種族の玉の如き尤物、其の中にあらざるか、風さへ露さへ厭ひつべきを、トンネルの中の石炭くすべ、いかばかりいぶせかりけん、いたはしなんど心にも言葉にも及ばずなん。
寧樂につきしは夜の九時頃なりき。猿澤池畔の一旅店にやどる。
翌る日、春日社、二月堂、三月堂、大佛殿、殿には博覽會あり、正倉院は地下人の入るを許されぬ處とて塀越しに望みたり、時は六月の初めつかた、このわたり草の香人を襲うて、野趣故國のなつかしみあり。されど堂々たる南都七大寺の隨一たる東大寺の境内、叢芳賞心の種とならんは、盛衰の感あはれならざらんや。狹穗川を渡りて聖武帝の陵を拜し、興福寺は金堂、東金堂、南圓堂、北圓堂、境内に今縣廳もあり、裁判所もあり、師範學校もあり。
午下には藥師寺にや赴かん、法隆寺をや觀んと、神澤子と話しつゝも、思はず共にしばし黒甜の郷に入りぬ。覺むれば、雨降り出でぬ、近くは嫩艸、三笠、遠くは志貴、葛城の山々、かしここゝの聚落、煙雨に裹まれて、興福寺の五重塔、猿澤池、一しほ優な…

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