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或る女の手記
あるおんなのしゅき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)」 未来社
1967(昭和42)年6月20日
初出「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月
入力者tatsuki
校正者松永正敏
公開 / 更新2008-10-02 / 2014-09-21
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私はそのお寺が好きだった。
 重々しい御門の中は、すぐに広い庭になっていて、植込の木立に日の光りを遮られてるせいか、地面は一面に苔生していた。その庭の中に、楓の木が二列に立ち並んで、御門から真直に広い道を拵えていた。道の真中は石畳になっていて、それが奥の築山と大きな何かの石碑とに行き当ると、俄に左へ折れて、本堂へ通じているらしかった。表からは、本堂のなだらかな屋根の一部しか見えなかった。この本堂の屋根の一部と、寂然した広い庭と、苔生した地面と、平らな石畳の道と、楓の並木のしなやかな枝葉と、清らかな空気とを、重々しい御門の向うに眺めては、その奥ゆかしい寂しい風致に、私は幾度心を打たれたことであろう! けれども御門の柱に、「猥リニ出入ヲ禁ズ」という札が掛っていたので、私は一度も中にはいったことはなかった。ただ学校の往き帰りに、その前を通るのを楽しみにしていたのだった。
 今記憶を辿ってみると、そのお寺の象がはっきり私の頭に刻み込まれたのは、女学校の三年の頃からであるように思われる。そしてまたその年に、あの人の姿を見るようになったのである。
 初めて見たのは何時であるか、私は覚えていない。ただいつとはなしに、白い平素着をつけた若いお坊さんの姿が、そのお寺の庭に、楓の並木の向うに、じっと立っているのを私は見出すようになった。けれども、若い淋しそうなお坊さんだと思ったきりで、別に気にも止めなかった。気にも止めないくらいに、知らず識らずのうちに見馴れてしまった。
 私の見た限りでは、その年若いお坊さんは、いつも白い平素着で、楓の茂みの向うに佇んでいたり、また時には御門から真正面の大きな石碑の前を、ゆるやかに歩いてることもあった。その姿が、お寺の中の閑寂な庭に、一しお趣きを添えていた。私はお寺の前を通る毎に、必ず中をちらりと覗き込んで、其処にお坊さんの姿を見出されないと、或る淡い不満を覚えたものである。私の心はそのお坊さんに対して、何となく親しみを感じてきた。
 或る麗わしい秋晴れの夕方であった。私はその日お当番で、いつもより遅く学校から帰ってきた。一片の雲もない大空は、高く蒼く澄み返って、街路には一面に黄色い陽が斜に流れていた。妙に空気がしみじみと冴えて、何処までもそのまま歩き続けたいような夕方だった。私は晴々とした心地で、お寺の前を通りかかった。通りしなにいつもの通り一寸中を見やると、私は足が自然に引止められる心地がした。御門から二十間ばかりかなたに、あの若い淋しいお坊さんが、楓の幹に片手をかけてよりかかるようにしながら、じっと――長い間そのままの姿勢でいたかのようにじっと佇んで、こちらをぼんやり見守っていた。楓の枝葉を洩れてくる斜の光りが、お坊さんの真白な着物の上に、ちらちらと斑点を落していた。私の姿を見たお坊さんの顔は、静かに静かに、恰度風もないのに湖水の面がゆ…

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