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同胞
どうほう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)」 未来社
1965(昭和40)年12月15日
初出「中央公論」1924(大正13)年4月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-11-05 / 2014-09-21
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 恒夫は四歳の時父に死なれて、祖父母と母とだけの家庭に、独り子として大事に育てられてきた。そして、祖父から甘い砂糖菓子を分けて貰い、祖母から古い御伽話や怪談を聞き、母の乳首を指先でひねくることの出来るうちは、別に何とも思わなかったが、小学校から中学校へ進んで、それらのことがいつしか止み、顔に一つ二つ面皰が出来、独り勝手な空想に耽る頃になると、兄弟も姉妹もないことが、甘い淋しさで考えられた。
 兄弟も姉妹もなくて自分一人きりだということは、自由なのびのびとしたことだったが、一方にはまた、張合のない頼り無いことでもあった。そして余りに広々とした満ち足りない心で、月や雪や花などをぼんやり見入っていると、独り子だという事実の奥に――事実の手の届かない仄暗い彼方に、自分と同じ血を分けた或る者の姿が、ぼーっと立現われてきた。或る時は、自分を力強く導いてくれる兄だった。或る時は、自分に戯れかかる弟だった。或る時は自分をやさしく慰めてくれる姉だった。また或る時は、自分を心から尊敬し信頼してる妹だった。そしていつも美しかった……というだけで、どうしても顔がはっきり見えなかった。単に美しいというだけでなしに、その眼鼻立をすっかり見て取りたいものと、心の努力を重ねるうちに、一体そういう兄弟姉妹を、自分は昔持ってたのか、現在持ってるのか、未来に持つようになるのか、または夢の中でだったのか、何だかもやもやとしてきて、一切分らなくなってしまうのだった。
 馬鹿馬鹿しい空想だ、と恒夫はその想いから覚めると考えて頭の外に投り出してしまったが、それでもやはり時々、我知らず其処へ落込んでいった。事実の彼方という杳けさが、彼の心に甘えていた。
 所が、それが単なる空想でなしに、事実となって現われてきた時、彼は喫驚して、父の位牌の前に沢山香を焚いた。
 父の十三回忌の法会の日だった。家の者や近しい親戚の者など皆で、朝の十時頃寺へ行って、仏事を済し墓参をしてから、料理屋の方へ廻ろうとする段になって、二三日来気分の勝れなかった祖母が、身内に寒けがすると云って、すぐに家へ帰りたがった。で、母がその伴をすることになりかけたが、先程から窮屈を覚えだしていた恒夫は、鹿爪らしい祖父や伯父達の間に交って、御馳走を食べに行った所でつまらない、というような予想から、強いて母に代りたがった。そして、客は皆大人ばかりだったし、女の人も二人いたし、何やかの都合から、母が接待役の格で居残ることになって、恒夫は祖母の伴をして帰って来た。
 恒夫としては我儘から出たそのことが、祖母にとっては非常に嬉しかったものらしい。打晴れた初春のぽっかりした暖みなのに、祖母は炬燵をいれさして、恒夫にもそれにあたらせたがった。そして恒夫がお義理半分に、足先だけを炬燵布団の中に差入れて、畳の上に腹匐いながら、雑誌の小説を拾い読みしてるのを、しみじ…

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