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鴨猟
かもりょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-05-22 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 寒中、東京湾内には無数の鴨がいる。向う岸、姉ヶ崎から木更津辺の沖合には、幾千となく群をなしているし、手近なところでは、新浜御猟場沖合に、数十の群が散在しているし、其他、二三羽、四五羽の遊離群は、殆んど湾中を点綴してるといってもよい。
 それらの鴨をねらって、発動機船を乗り廻すのである。以前は、鴨は艪の音をしか知らず、モーターの音には遠くから逃げ立ったものだが、近年、湾内に発動機船の往復頻繁になってからは、わりに近くまで寄せるようになった。禁物は帆である。帆というよりも、水面に映る帆影である。
 五時頃、遅くも六時頃までには、猟地近くへ達しなければ、本当の楽しみは味えない。朝靄にとざされたなだらかな海面では、発動機の響きも、夢に包まれたような軽快さを持つ。水平線から直射する朝日の光ではなく、ぽーっと白んでくる明るみに、靄が淡くとけこんでいって、ひたひたと湛えてる海面に、黒一点、また一点、鴨の姿が見えだしてくる。鴨に交って、或は離れて、雁もいる、鵜もいる。鴎が空中低く飛んでいる。
 鴨の群へなるべく近くまで寄せるのが、運転の技巧である。寄せきって、ぱっと飛び立つところを、待ちかまえていた銃手がターンと発射する。
 ひらりと翼を裏返して、そのまま巨大な木の葉のように、水面に落ちて横たわるのがある。翼を張ったまま、ゆるやかに旋回して、着水してけろりとしてるのがある。翼を縮め首をすくめ、自身の重みで落下して、水中にもぐってしまうのがある。第一のは即死だ。第二のはびっくり仰天だ。第三のはずるい隠れん坊だ。
 そして、傷は、痛みは、流血は、どこにあるのだろう。ターンと響く銃声は、紙鉄砲の音である。空中に展ばされた灰色の翼は、自由自然の姿態である。そして、ひらひらと舞い落ちて水面に横たわったのも、水面に浮んでびっくりしてるのも、ひとかたまりになって水中にもぐってしまったのも、臨機の戯れにすぎない。なめらかな羽毛に蔽われてる彼等は、水中にあっても、空中にあると同じく、軽快自由である。傷は、痛みは、流血は、どこにあるのだろう。
 陸上の銃猟で、人は屡々痛ましい光景に接する。撃ち落された鳥の胸から、鮮血がしたたって、下敷の草葉をも染めてることがある。翼を或は足を傷ついて、足で或は翼で、渾身の努力をしながらとびかけり、物蔭を求め、叢を求めて、そこに首をつきこみ、恐怖と苦痛と流血とに喘いでるのもある。
 主体的見地から、主観的に考える時、堅固な拠り所のある大地の上で苦しむのと、掴み所のない流動してる水の上で苦しむのと、その苦悶の度は果して何れが大きいであろうか。吾々自身、重傷になやむ時、身体をよせかけ手をもたせ足をからませる物のある場所と、何の手掛りもない平面上と、どちらを選ぶであろうか。外科手術の場合、身体を緊縛することは、消極的な一面に於ては、たとえ無意識的にせよ被手術者が苦痛…

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