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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
副題04 第二巻 朝
04 だいにかん あさ
原題JEAN CHRISTOPHE
著者
翻訳者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(一)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年6月16日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-05 / 2014-09-21
長さの目安約 124 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一 ジャン・ミシェルの死


 三か年過ぎ去った。クリストフは十一歳になりかけている。彼はなおつづけて音楽の教育を受けている。フロリアン・ホルツェルについて和声を学んでいる。これはサン・マルタンのオルガニストで、祖父の友人であったが、いたって学者で、クリストフが最も好んでいる和音、やさしく耳と心とをなでてくれて、それを聞けばかすかな戦慄が背筋に走るのを禁じえない種々の和声は、いけないもので禁じられてるものだと教えてくれる。クリストフがその理由を尋ねると、規則で禁じられてるからという以外には、彼はなんとも答えない。クリストフは生来わがままな子だから、そういうものがなおさら好きになる。人に崇拝されてる大音楽家の作品中にその実例を見出すのを喜びとして、それを祖父か教師かのところへもってゆく。すると祖父は、大音楽家の作品中ではかえってりっぱになるのであって、ベートーヴェンやバッハなら何をしても構わないと答える。教師の方はそれほど妥協的でないから、機嫌を悪くして、それは彼らの作品のうちのいいものではないと苦々しく言う。
 クリストフは音楽会や劇場にはいることができる。どの楽器でも鳴らすことを覚えている。すでにヴァイオリンにかけてはりっぱな腕前をもっている。父は管弦楽隊中の一席を彼に与えてもらおうと考えついた。クリストフはりっぱにその役目を勤めたので、数か月の見習の後、宮廷音楽団の第二ヴァイオリニストに公然と任命された。かくて彼は自活し始めてゆく。それも早過ぎるわけではない。なぜなら、家の事情はますます悪くなっているから。メルキオルの放縦はいっそうはなはだしくなっていたし、祖父は年をとっていた。
 クリストフは悲しい情況をよく承知している。彼はもう大人じみた真面目な心配そうな様子をしている。彼は職務にほとんど興味を見出していないけれども、また晩には奏楽席で眠くなることもあるけれど、勇気を出してやってのけている。芝居からはもはや、昔の小さい時のような感興を与えられない。まだ小さかった時――四年以前――彼の最上の望みは、今のその席を占めることであった。ところが今では、ひかせられる音楽の大部分は嫌いである。まだそれらの音楽にたいする批評をまとめあげるほどではないが、しかし心の底では、馬鹿らしいものだと思っている。そして偶然りっぱなものが演奏される時には、人々の愚直な演奏に不満を覚ゆる。彼が最も好きな作品も、ついには管弦楽団の仲間の人たちに似寄ってくる。彼らは、幕が降りて、吹き立てたり引っかき回したりすることを終えると、一時間体操でもしたかのように、微笑しながら汗を拭いて、つまらないことを平然と語り合うのである。彼はまた、昔の恋人を、素足の金髪の歌女を、すぐ眼の前に見かける。幕間に食堂でしばしば出会う。彼女は以前彼から想われたことを知っていて、喜んで抱擁してくれる。け…

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