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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
副題10 第八巻 女友達
10 だいはちかん おんなともだち
原題JEAN-CHRISTOPHE
著者
翻訳者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(三)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年8月18日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-17 / 2014-09-21
長さの目安約 322 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 フランス以外で成功を博しかけていたにもかかわらず、クリストフとオリヴィエの物質的情況は、なかなかよくなってゆかなかった。きまってときどき困難な時期がやってきて、空腹な思いをしなければならなかった。その代わり金があるときには、平素の二倍も食べて補っていた。けれどそれも長い間には、結局身体を弱らす摂生法だった。
 今またちょうど二人は不如意な時期にあった。クリストフは夜中過ぎまで起きていて、ヘヒトから頼まれた編曲の無趣味な仕事を片付けた。寝たのは明け方近くで、無駄なことに費やした時間を取り返すために、ぐっすり眠ってしまった。オリヴィエは早くから出かけていた。パリーの向こう側の場末で講義をしなければならなかったのである。八時ごろに、手紙を届けに来る門番の男が呼鈴を鳴らした。いつもならその男は、強いて起こさないで扉の下へ手紙を差し入れてゆくのだった。がその朝に限って扉をたたきつづけた。クリストフは寝ぼけながら、ぶつぶつ言って扉を開きにいった。門番は微笑しながら盛んにしゃべりたてて、ある新聞記事のことを言っていたが、クリストフはそれに耳を貸さず、顔も見ないで手紙を引ったくり、扉を押しやったままよくも閉めずに、また寝床にはいって、前よりもなおぐっすりと眠った。
 一時間ばかり後にまた、彼は室の中の人の足音にはっと眼を覚ました。そして寝台の裾のほうに、見知らぬ顔の人が丁重に会釈してるのを見て、呆気にとられた。それはある新聞記者で、扉が開いてるのを見て遠慮なくはいり込んで来たのだった。クリストフは腹をたてて飛び起きた。
「何をしにここへ来たんです?」と彼は叫んだ。
 彼は枕をつかんで、その侵入者に投げつけてやろうとした。侵入者は逃げ出すような態度をしたが、それから二人で話し合った。男はナシオン新聞の探訪員で、グラン・ジュールナル新聞に出た評論に関して、クラフト氏に面会したがってるのだった。
「どんな評論ですか。」
「まだお読みになりませんか。」
 探訪員は説明の労をとってくれた。
 クリストフはまた寝てしまった。眠気のためにぼんやりしていなかったら、相手を外に追い出すところだった。しかし勝手にしゃべらしておくほうが大儀でなかった。彼は蒲団の中にもぐり込み、眼を閉じ、眠ったふりをした。そしてそのままほんとうに眠ってしまうところだった。しかし相手は執拗で、評論の初めを声高に読みだした。クリストフはすぐに耳をそばだてた。クラフト氏は当代の音楽的天才だと書かれていた。クリストフは眠ったふりをする役目を忘れて、びっくりした怒鳴り声をたて、上半身を起こして言った。
「其奴らは狂人だ。何かに取り憑かれてる。」
 探訪員はそれに乗じて読むのをやめ、いろんな質問をかけ始めた。クリストフはなんの考えもなくそれに答えた。新聞を取り上げて、第一ページにのってる自分の肖像を茫然とながめた。しかしそ…

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