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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
副題11 第九巻 燃ゆる荊
11 だいきゅうかん もゆるいばら
原題JEAN-CHRISTOPHE
著者
翻訳者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(四)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年9月16日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-19 / 2014-09-21
長さの目安約 346 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#挿絵]
われは堅き金剛石
金槌にも鑿にも
打ち砕かれじ。
打て、打て、打ちみよ
われは死なじ。

死してはまた生き
屍灰より生まるる
不死鳥のわれ。
殺せ、殺してみよ、
われは死なじ。

 ――バイーフ――
[#改ページ]

     一


 心の静穏。風はやんだ。空気は動かない……。
 クリストフは落ち着いていた。彼のうちには平和があった。彼は平和を得て多少矜らかな感じがした。そして内心では、ある遺憾の念を覚えた。彼は静寂に驚いた。彼の熱情は眠っていた。もうその熱情がふたたび眼覚めないのではあるまいかと、真面目に信じていた。
 彼のやや粗暴な大なる力は、対象がなく無為に陥って微睡していた。その底には、ひそかな空虚があり、隠れたる「何になるものぞ」があった。またおそらく、つかみ得なかった幸福にたいする感情があった。自分自身にたいしてもまた他人にたいしても、もはや闘うべきものが十分になかった。働くことにさえも、もはや十分の苦痛がなかった。彼はある行程の終わりに到着したのだった。これまでの努力の総額の利を収めていた。切り開いた音楽上の鉱脈をあまりにたやすく掘りつくしていた。そして公衆が、もとより遅まきながらではあったが、彼の過去の作品を発見して賞賛してるうちに、彼のほうでは、これ以上先へ進めるかどうかはまだわからないで、もう過去の作品から離れ始めていた。彼は創作のうちに、いつも同一の幸福を享楽していた。芸術はもはや彼にとっては、彼の現在の生活においては、自分がみごとにひきこなす一つのりっぱな楽器にすぎなかった。彼はみずから恥じながらも、一の享楽者となってしまう気がした。
 イプセンはこう言っている。――生来の才能とは異なったより以上のものを、芸術のうちに保存させんがためには、生活を満たして生活に一つの意義を与えるような、熱情や苦悩が必要である。さもなければ、人は創作をすることがなく、ただ書物を書くのみである。
 クリストフは書物を書いていた。しかし彼はそれになずんではいなかった。それらの書物は美しいものではあった。しかし彼はそれほど美しくなくとももっと生き生きとした書物が好ましかった。自分の筋肉をどう使ってよいかわからない休らえる格闘者とも言うべき彼は、退屈せる野獣のような欠伸をしながら、自分を待ってる静かな仕事の年々を、うちながめていた。そして、ゲルマン的楽天主義の古い素質をもって彼は、万事都合よくいってるのだと思い込みがちだったので、これは避けがたい一局面に違いないと考えた。暴風雨から脱したことを、自分の主となったことを、みずから祝していた。でも自分の主となることは大した意味のものではなかった……。結局人は、自分のもってるものを支配するのであり、なり得るものになるのである……。クリストフはもう港へ着いたのだと思っていた。

 二人の友はいっしょに住んで…

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