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田園の幻
でんえんのまぼろし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)」 未来社
1966(昭和41)年11月15日
初出「世界評論」1950(昭和25)年2月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-01-24 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「おじさん、砂糖黍たべようか。」
 宗太郎が駆けて来て、縁側に腰掛け煙草をふかしている私の方を、甘えるように見上げた。私に食べさせるというより、自分が食べたそうな眼色である。
「だって、君んとこに、砂糖黍作ってないじゃないか。」
「うん、貰って来るよ。今日はお祭りだから、誰も叱りゃしない。」
 先日、夕食後の散歩の時、宗太郎が砂糖黍を二本折り取ってきて、私に食べさせたが、それがよその畑のもので、あとで小言が来た。それでも、東京からのお客さんに食べさせるためだったということで、ああそうか、と済んでしまった。おかげで、私は十本ばかり高値に買わせられた。東京からのお客さんには、へんな特権があるらしい。
 日没後の残照の中に夕靄がたなびき、靄が薄らぐと共に明るみも薄らぎ空の星が光りを増してくる。
 ドーン、ドーン、ドンドコドン、ドーン、ドーン……
 太鼓の音がするようだ。耳をすますと、果して、八幡様の森の方で太鼓の音がしている。もうお祭りが初まるのであろう。
 宗太郎が砂糖黍を二本かついで来た。まだ若くて、根本の方にしか甘みはない。私がジャック・ナイフを出してやると、彼は砂糖黍を一節ずつ器用に切った。
 堅い表皮を歯でむいて、まだ薄皮の残っているやつを噛みしめるのである。青ぐさい仄かな甘みが、砂糖のあくどさと違って、野の幸を思わせる。
「お父さんどうしてるんだろう。」
 砂糖黍の噛み滓を吐き出し、太鼓の音に聞き耳を立てて、宗太郎は呟いた。投網の夜打ちが済んだら、彼は八幡様のお祭りに行くつもりなのである。
 彼の父の宗吉と私は、その晩、八幡様には行かないで、家で一献酌むことにしていた。お祭りといっても、特別な催し物があるわけではなく、飲んだり食ったりして打ち騒ぐだけで、その中に立ち交るのも私には却って気骨の折れることだろうと、宗吉が気を利かしてくれたのである。家で手製のドブロクを飲み、鶏鍋や野菜の煮付の外に、投網の夜打ちで取った川魚を甘煮にして、野趣を添えようというわけだ。投網を持ってる家は、今時、村には二軒しかないと、宗吉は自慢だった。実は、そんなこと自慢にも当らないほど、宗吉の家は村きっての大家であり、宗吉は一番のインテリなのだ。
 ただ一つ、私には気懸りなことがあった。三好屋の花子から預かってる荷物だ。細引で結えた小さな柳甲李で、それが押入の隅に転がっている。
 真昼間、農村では最も人目に怪しまれない時間だが、花子はその小さな甲李をいきなり私のところに持ち込んで来た。
「先生、」彼女は思いつめたように言う。「これを預かっておいて下さい。」
 否も応もなく、押しつけてしまうのだ。私は少し困った。第一、宗吉のところのこの隠居所に滞在するのも、あと僅かな日数の予定である。
「暫くの間で、よろしいんです。八幡様のお祭りの晩あたり、頂きに来ますから。」
 私がお祭りの集い…

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