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二流の人
にりゅうのひと
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 04」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「二流の人」中篇小説新書、九州書房、1947(昭和22)年1月30日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-02-13 / 2014-09-21
長さの目安約 113 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一話 小田原にて





 天正十八年、真夏のひざかりであつた。小田原は北条征伐の最中で、秀吉二十六万の大軍が箱根足柄の山、相模の平野、海上一面に包囲陣をしいてゐる。その徳川陣屋で、家康と黒田如水が会談した。この二人が顔を合せたのはこの日が始まり。いはゞ豊臣家滅亡の楔が一本打たれたのだが、石垣山で淀君と遊んでゐた秀吉はそんなことゝは知らなかつた。
 秀吉が最も怖れた人物は言ふまでもなく家康だ。その貫禄は天下万人の認めるところ、天下万人以上に秀吉自身が認めてゐたが、その次に黒田如水を怖れてゐた。黒田のカサ頭(如水の頭一面に白雲のやうな頑疾があつた)は気が許せぬと秀吉は日頃放言したが、あのチンバ奴(如水は片足も悪かつた)何を企むか油断のならぬ奴だと思つてゐる。
 如水はひどく義理堅くて、主に対しては忠、臣節のためには強いて死地に赴くやうなことをやる。カサ頭ビッコになつたのもそのせゐで、彼がまだ小寺政職といふ中国の小豪族の家老のとき、小寺氏は織田と毛利の両雄にはさまれて去就に迷つてゐた。そのとき逸早く信長の天下を見抜いたのが官兵衛(如水)で、小寺家の大勢は毛利に就くことを自然としてゐたが、官兵衛は主人を説いて屈服させる。即座に自らは岐阜に赴き、木下藤吉郎を通して信長に謁見、中国征伐を要請して、小寺家がその先鋒たるべしと買つてでた。このとき官兵衛は二十を越して幾つでもない若さであつたが、一生の浮沈をこの日に賭け、いはゞ有金全部を信長にかけて賭博をはつた。持つて生れた雄弁で、中国の情勢、地理風俗にまでわたつて数万言、信長の大軍に出陣を乞ひ自ら手引して中国に攻め入るなら平定容易であると言つて快弁を弄する。頗る信長の御意にかなつた。
 ところが、秀吉が兵を率ゐて中国に来てみると、小寺政職は俄に変心して、毛利に就いてしまつた。官兵衛は自分の見透しに頼りすぎ、一身の賭博に思ひつめて、主家の思惑といふものを軽く見すぎたのだ。世の中は己れを心棒に廻転すると安易に思ひこんでゐるのが野心的な青年の常であるが、世間は左様に甘くない。この自信は必ず崩れ、又いくたびか崩れる性質のものであるが、崩れる自信と共に老いたる駄馬の如くに衰へるのは落第生で、自信の崩れるところから新らたに生ひ立ち独自の針路を築く者が優等生。官兵衛も足もとが崩れてきたから驚いたが、独特の方法によつて難関に対処した。
 官兵衛にはまだ父親が健在であつた。そこで一族郎党を父につけて、之を秀吉の陣に送り約をまもる。自分は単身小寺の城へ登城して、強いて臣節を全うした。殺されるかも知れぬ。それを覚悟で、敢て主人の城へ戻つた。いはゞ之も亦一身をはつた賭博であるが、かゝる賭博は野心児の特権であり、又、生命だ。そして賭博の勝者だけが、人生の勝者にもなる。
 官兵衛は単身主家の籠城に加入して臣節をつくした。世は青年の夢の如くに甘々…

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