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精神病覚え書
せいしんびょうおぼえがき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 07」 筑摩書房
1998(平成10)年8月20日
初出「文藝春秋 第二七巻第六号」1949(昭和24)年6月1日
入力者tatsuki
校正者砂場清隆
公開 / 更新2008-05-29 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一ヶ月余の睡眠治療が終って、どうやら食慾も出、歩行もいくらか可能になったころ、まだ戸外の散歩はムリであるから、医者のフリをして、ちょッと外来を見せて貰った。幸い僕の担当が外来長の千谷さんであったから、有無を言わさず、僕が勝手に乗りこんだようなものであった。
 ほかの精神病院のことは知らないが、東大に関する限り、ここが精神病院の何より良いところである。お医者さん、看護婦、附添い、すべて患者の神経を苛立たせないように、これつとめ、これを専一に注意を払ってくれる。神経科以外の病棟は決してこう行き届く筈はないだろうと思った。だから僕は、ほかの病気で入院する時でも、神経科へ入院して、その専門の病室へ通うのが何よりだと思ったほどである。
 僕が外来で新患の診察を見たとき、患者は二十人ぐらいであった。そのうち、七八人は学童であったが、これはちょうど、時期が休暇に当っていたせいだという話であった。学童の親たちは、言い合したように「ヒキツケ」という言葉を用い、テンカンという言葉を用いた者は完全に一人もいなかった。
 このヒキツケの学童たちは、いずれも智能劣等であった。ドストエフスキーの片鱗などは影もなく、殆ど大部分が智能劣等なのが普通だということであった。
 千谷さんや、若いお医者さんの話では、パウロがテンカンではないかということであり、バイブルに現れるパウロの表現に、テンカンの要素が見られるということであったが、マホメットがテンカンらしいということは普通言われていることであり、狂信的世界はたしかに幻想の実在的確信を伴い、宗教家にテンカン患者がかなりいるのではないかと思われる節はある。
 僕が退院する二日前、小林秀雄が見舞いに来てくれて、ゴッホは分裂病ではなく、テンカンじゃないのかと言いだした。
 一般に精神病のお医者さん方がゴッホを分裂病だと云うのは、ヤスパースなどを読んで、その通り思いこんでおられるだけで、小林秀雄のようにゴッホに関する殆どあらゆる文献を読んでいるわけではない。
 小林秀雄は十何年かの間ドストエフスキーについて殆どあらゆる文献をしらべ、今は又ゴッホ研究をやりだしているのであるが、はからずも、ドストエフスキーとゴッホの発病時の表現に、いちじるしい類似のあることを見出した由であった。
 この二人の芸術家は、いずれも自らの発作について手記を残しているのであるが、先ず発病の時期に宗教的な三昧境を見る。小林はルリヂヤス何とかと云った。僕らは酒をのんで話を交していたので、こまかいことは忘れてしまったが、このルリヂヤス何とかという表現が、二人の手記に同じ言葉が用いられているので、小林はゴッホもテンカンじゃないかと疑りだしているのである。
 これだけの類似でゴッホもテンカンだと即断するのは、もとより不当であり、だいたい分裂病の症状は多種多様で、無限の型がありうるから、尚…

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