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深夜は睡るに限ること
しんやはねむるにかぎること
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 07」 筑摩書房
1998(平成10)年8月20日
初出「文学界 第一巻第五号」1949(昭和24)年7月1日
入力者tatsuki
校正者砂場清隆
公開 / 更新2008-04-29 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は皆さんに精神病院へ入院されんことをおすゝめしたい。精神病院には深夜のメイ想などゝいう古典的なるものは存在しないのである。深夜はみんな睡っています。睡らせてくださるのです。こういうのを神の力というのかも知れない。
 精神病院には、持続睡眠療法という浦島太郎の弟分に当る古典的近代が実存致しているのです。この浦島次郎療法は鬱病とか麻薬中毒などに用いて卓効がある。さる強力な催眠薬を用いて人工的に一ヶ月ほど昏睡させるのである。僕のように日頃催眠薬を使いなれていた者には、きゝが遅れ、薬量も甚だ多量を要して、病院をまごつかせるが、それでも、結局、眠らされてしまう。平常催眠剤を使っていない人なら、効果はテキメンで、昏々と一ヶ月、まるまる眠りつゞける。食事は看護婦が流動物を流しこんでくれるから、その他モロモロのことも心配がいらないのである。
 浦島太郎と違うところは、竜宮の門をくゞらないことで、一ヶ月目に、昏睡から目ざめると、思いだすのは昏睡以前の眠りに就くときのこと、つまり一ヶ月以前の就眠時を昨夜のことのように思いだす。その間一ヶ月が経過しているなどゝは、どうしても信じることができない。
 私はこのようにして、浦島次郎の実存を確認し、甚しく、気が強くなった。又、疲れたら、あそこへ旅行して、睡らせて貰ってこようや。
 だいたい、深夜のメイ想などゝいう神代的遺物は、当節、やめた方がよろしい。
 医師法というものがあって、拙者が人助けのために精神病院を開業することができないのは実に残念至極である。風光明媚なる適地に、バンガロー風の病院をたて、ベッドにねむれば星が見える。ねむれば、なんにも、見えないがね。職業意識が燃え立つせいで、宣伝文の要領が、ミューズとなって発現するのである。さて、このバンガローに、睡眠旅行ホテルというような名前をつける。精神病院という名前はよくないからね。新聞へ広告をだす。モロモロの疲れたる近代人よ、というような呼びかけはチンプかな。みんな浦島次郎にして、すこやかに帰す。星を眺めて、やがて昏々と睡り、一ヶ月、目をさませば星がある。その間に戦争があろうと地震があろうと、吾関するところに非ず。たゞ、新婚旅行には適しない。アベックは別のホテルへいらっしゃい。つまり、近代に於ては、アベック用のホテルと、睡眠用のホテルと必ず二つが必要なのである。何とまア偉大な発見であろうか。ちなみに、この持続睡眠療法というものは、十年前には地上に存在しなかったのである。だから疲れ果てたる人間共が、やぶれかぶれに戦争などをやったのである。
 アプレゲールの絶望感には最適であるから、カストリを飲む金があったら、精神病院へ旅行するに限るのである。非常に健全無比な旅行なのである。
 前大戦アプレゲール派のコクトオ氏なども、前代的絶望感によって、鴉片窟へ通った。これは幻覚をみるから、竜宮の…

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