えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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生まれ変った赤坂離宮
うまれかわったあかさかりきゅう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「論理とその実践――組織論から図書館像へ――」 てんびん社
1972(昭和47)年11月20日
初出「世界画報」1948(昭和23)年9月
入力者鈴木厚司
校正者宮元淳一
公開 / 更新2005-07-20 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二つの足で立つようになるために、人間は二十万年もころんでは立ち、ころんでは立ちしたんだろう。そして、手が自由になったとき、どんな気持ちがしただろう。
 ものをつかんで、土の上に立った人間のすがた。今はあたりまえのことだが、このあたりまえのことを、何十万年も努力した人間の勝利の記録であることを思ってみる人が、今地球上で何人いるだろう。
 言葉だって同じことだ。
 手が自由になり言葉を発見したから、数字もでき、物ごとの中に法則があることを見つけだし、人間の関係の中にも、法則らしいものがあることをさぐりだしたことは、実は大変なことなのだ。
 五千年前から奴隷制や封建制が、つぎつぎにできて、人間がすこしまがぬけて、とんでもなくおこりっぽくなったり、おくびょうになったからって、人間を馬鹿とばかり思いこむのは早すぎる。
 人間はすばらしい宇宙のただ一つの存在だ。その証拠に、言葉を語りあっている。そして、法則をさがしもとめている。
 人間が人間の間の法則を、たがいにさぐりあえたら、人間と人間との争いはなくなる。
 人間がけんかをするとき、人々は声をあげて言葉で争う。それがつきて、手がでるのだ。
 戦争も同じだ。何カ年もつづいた大戦争も、いずれ、数ページの講和条約でおわる。もし、この数ページの条約の言葉を、戦いの前に、おたがいにあみだすことができたら、どんなにたくさんの戦争がおこらずにすんだかもしれない。
 言葉はいつも、戦争と戦争している。
 アレクサンダーが戦争している間にも、言葉は、彼の名前をつけたアレクサンドリア図書館となって、彼の三十年の生涯の百倍もの間、今、なお戦いをつづけている。
 赤坂離宮にできた国立国会図書館も、遠い遠い、人間の血汐のなかにそだってきた、言葉のもつ大きなつとめをせおって、日本の戦いへのかぎりない悔いのしるしとして立ちあがったのである。
 この図書館は、日本民族が、戦争のはてに立ちあがってゆくにあたって、その新しい生きかたの法則をさぐりもとめるために、あらゆる材料をのがすまいと、ここにあつめた一つの巨大な新しい夢の殿堂である。
 これまでは、法律は官庁でつくられていた。これからは、国会の手で、法律をつくろうとして、その材料をあつめて、整理をし、その材料から要求された法律の下ごしらえの調査をするのが、この図書館の任務である。
 法律が、人民のために、人民自身がつくるものだということを、目の前にみせようとして、この図書館はできあがった。
 そのためには、行政、司法各省に支部図書館をおいて、おたがいに材料を見せあい、利用しあって、分裂しないようにすることとなっている。また、一般人民からの問い合わせには、葉書でも、電話でも、すぐにまにあうように準備しなければならない。だから本を読ませるだけでなく、調査が大切なのである。新聞も雑誌も、そのために全部き…

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