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菜の花は赤い
なのはなはあかい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集18」 岩波書店
1992(平成4)年3月9日
初出「別冊文芸春秋 第二十五号」1951(昭和26)年12月25日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-12-24 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 かうと思つたらどうしてもそのことをやり遂げないと承知できない人物がゐる。
 やり遂げる意志の力はまことに見あげたものであるが、「かうと思ふ」、その「かう」が問題であつて、結果の是非善悪はまたおのづから話が別であらう。
 だが、ともかくも、さういふタイプの男としてすぐ私の眼に浮ぶのは、おそらく諸君の多くはその名前を聞かれたこともないであらう奥山恩といふもう初老に近い国文学者である。

 国文学者にもいろいろある。
 それをこゝでいちいち類別する煩をさけるが、奥山恩は、決して、訓詁を事とする旧学派に属してはゐない。むしろ、古典に対する絶大な愛を示しつゝ、なほかつ、その社会史的意義を正しく捉へ、現代につながる生命の発見に、むしろ最も激しいよろこびを感じる柔軟な頭脳の持主であつた。
 彼は型の如く学校で英語は学んだけれども、シェイクスピヤもエリオットも原書でこれを読みこなす自信はなく、すべての外国作家なみに、目星しい翻訳に頼ることにきめてゐた。その代り、国文専攻の学者としては珍しいくらゐに、印度、支那、ギリシヤからはじまつて、世界のあらゆる国、あらゆる時代の文学をひとわたり、ひろひ読みをし、若いものをたじたじとさせることがあつた。
 新制私立大学の国語国文教師としてのこの薀蓄は、必ずしも、彼を学界に押し出すことに役立たず、また、ジャアナリズムに迎へられる契機ともならなかつた。けれども、それは、彼にとつて、不幸なことではなかつた。彼は、泰然自若として、薄給に甘んじ、最も出費の少い方法で、内外の文学書をむさぼり読み、あまりぱつとせぬ生涯ではあるが、後世に伝へ得るたゞ一巻の著書を残すために、大海に真珠を捜る如く、全精神を打ちこめるやうなテーマの撰択に余念がなかつたのである。

 それはさうと、かういふ一風変つた道へ踏みこんだ奥山恩が、人知れず、自分の生活の中へ、革命的意欲と、いくらかの学問的好奇心とをもつて、なんびとも企て得ないやうな一つの実験を持ちこんで行つた勇気と、それを、十年この方、つまり、三十三歳で妻帯したその日から、ずつと間断なく継続して倦むことのないその根気とを、私は、なによりも、高く評価しないわけにいかないのである。



 こんな風に、やゝ固苦しい前おきではじめたこの物語は、しかし、実は、学問や道徳とそれほど関係のある話ではない。
 その証拠に、本筋へはいる途端に、彼の結婚にまつはる突飛なエピソードを語ることになるのである。
 両親を早く失ひ、兄と妹とが郷里にゐるほか、東京には身寄りといふものはなく、下宿から下宿を渡り歩く殺風景な独身生活を永く続けた揚句、旧師の家へ出入してゐた世話好きな老婦人の口きゝで、ある軍人の娘と見合ひをした。双方とも異議はなく、話は順調に進んだ。二度目に会つた時は、いづれも相手の真意を呑み込んでゐたから、もうたゞ、ひと言ふ…

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