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『落伍者の群』を聴け
『らくごしゃのむれ』をきけ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集20」 岩波書店
1990(平成2)年3月8日
初出「時事新報」1926(大正15)年1月27日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-03-28 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 新劇団「心」座が来る廿八日、廿九両日、邦楽座に於て、ルノルマンの、「落伍者の群」を上場するさうだ。「落伍者の群」原名は「Les Rat[#挿絵]s」――即ち「失意の人々」である。愛と芸術の悩みを悩むものは、均しく彼等の声に耳をかたむくべきである。
 こゝで此の作が如何に感動に満ちたものであるかを云々する事はわざと差控へる。たゞわが国に於ける翻訳劇上演の記録から見て、仏蘭西近代劇が甚だしく偏頗な待遇を受けてゐると云ふ事実を知るものは、「心」座の今度の企てに対して、当に十分の注意を払ふべきであることを特記したい。
 仏蘭西劇の紹介と云ふことは、今日の日本では、どつちかと云へば、わりの悪い仕事のやうである。といふのは、劇といふもの、殊に近代劇といふものに対する日本劇壇の観念が、仏蘭西劇の伝統と相容れない点が多いからである。
 しかしながら、その仏蘭西劇の伝統を、特質を、完全に紹介し得たならば、日本の鑑識ある好劇家は、決してその魅力に鈍感な筈はないのである。
 この紹介は、実際、文字による翻訳だけでは不十分である。「語られる言葉」のあらゆる妙味は、相当の俳優――自分の表現を工夫し得る俳優――を俟つて始めて伝へ得るものである。
 この点で、私も、翻訳者としての責任を飽くまで負ふつもりであるが、同時に、「心」座の若い芸術家諸君が、それだけの覚悟をもつて、此の脚本にのぞまれてゐる事を、心強く感ずる次第である。
 云ふまでもなく、戯曲の本質は、人生を形づくるいくつかの魂の、最もリズミカルな響きの表現である。一音を誤れば、音楽の演奏は完全でない如く、一語を聞き漏らすことによつて、舞台のイメージは一つの空虚を残すのである。「落伍者の群」一篇は、光明と暗黒の間を縫ふ二ツの生命の流れ――その流れが奏でる悽愴な、そして微妙な心理的旋律である。その演奏が、翻訳者、舞台監督、俳優並に舞台装置者の努力によつてある程度まで成功したならば、それは恐らく、我が演劇界に於ける劃時代的舞台を展開するであらう。
 私は若き「心」座のために、更にこゝでは不遇であつた仏蘭西劇のために、そして結局は日本の「明日の演劇」のために、「落伍者の群」を聴かうとする人々の一人でも多い事を祈るものである。さやう、それらの人々は、今迄は「芝居を観に行つた」代りに、今度こそは、寧ろ「芝居を聴きに行く」つもりで、当日、邦楽座の聴聞席に着席されたい。
 それから、万一、例へば翻訳者の失敗によつて、「落伍者の群」に失望する人があつても、さう云ふ人は、第二、村山知義君作「孤児の処置」に於て、充分入場料金若干也の埋合せをつけ得るであらうことを保証して置きます。



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