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ジヨルジュ・クウルトリイヌに就いて
ジヨルジュ・クウルトリイヌについて
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集20」 岩波書店
1990(平成2)年3月8日
初出「近代劇全集第十七巻」第一書房、1928(昭和3)年1月10日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-03-25 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 劇作家としてのクウルトリイヌは、既にその仕事ををはつてゐるやうに思はれる。しかしながら今日までに彼がなし遂げた業績は、仏蘭西戯曲史上重要な頁を占めるべきものであらう。
 一千八百六十年六月二十五日、仏国中部の古都ツウルに生れ、モオの高等学校で普通学を修めた。父親は、名をジュウル、姓をムアノオと称してゐたのであるから、彼も亦ジョルジユ・ムアノオといふ本名があるに違ひない。彼が青年時代を如何に過したかは、今私の手許にある文献だけではわからないが、朧げな記憶に従へば、彼は書斎よりもカッフェーを愛したらしい、但しそのカッフェーは、彼をして様々な近代人のタイプを研究させる事に役立つたといはれてゐる。
 一千八百九十一年六月、自由劇場でその処女作「リドワル」が上演せられ、同じく九十三年四月、傑作「ブウブウロシュ」が空前の成功裡に最後の幕を閉ぢて以来、クウルトリイヌの名は突如として巴里劇壇の注意を惹いた。それにも拘らず、当時の頑冥な批評家(多分サルセエだと思ふ。何故なら此の「批評壇の明星」は、当時屡々斯くの如き態度をもつて新進作家を遇してゐる)は彼の戯曲を評して「脚本になつてゐない脚本」と嘲り、又「些かも芝居のコツを心得てゐない代物」と片附けてゐる。
 実際彼の作品は、多くは「劇的スケッチ」とも称すべきもので、所謂作劇術の定石を無視した「人生の断片」であり、何よりも先づ「生きた人間」を描くことによつてのみ、舞台の「動き」を与へようとする自由劇場式戯曲である。そして、それはまた同時に、仏国近代劇の著しい転向を物語るものである。
 ラシイヌによつて始められた心理解剖劇の伝統が、ポルト・リシュに至つて近代的色彩を与へられたとすれば、モリエールが開拓した伝統の一面、ヂナミスム(動性)を基調とする諷刺喜劇の流れは、クウルトリイヌによつて、近代的ファルスの典型を示した。
 彼は、モリエールの如く、性格的「型」を創造することはできなかつたが、現代社会を形づくる階級的乃至職業的「型」をとらへて、微細な観察を下し、之を特殊な「境遇」の中に投げ込み、一種のグロテスクな、同時に涙ぐましい笑ひを引き出す手腕をもつてゐる。深刻な人生批評とまでは行かないが、犀利にして軽妙な性格描写の筆は最もよく、社会の戯画的諷刺に成功した。
 彼は、仏蘭西人特有のあらゆる感情のニュアンス、巴里生活のあらゆる機微な問題と、そのゴオル人らしい機智と、寛大さを以て傍観し、いくらかのペシミスムと、あり余る皮肉とを、洒脱なファンテヂイに託して、冷たい花びらの如く、人の頭上に振りまくのである。
 彼の数多い作品中には、相当「一夜漬け」があるにはあるが、此処に掲げた二篇のみ、前掲、「ブウブウロシュ」「真面目な花客」「殴られる心配」等は傑作の部に属すべきであらう。
 彼は、その旧友や後輩たちが、続々アカデミイ入りをするのを平気で…

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