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「モンテーニュ随想録」(関根秀雄君訳)
「もんてーにゅずいそうろく」(せきねひでおくんやく)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集23」 岩波書店
1990(平成2)年12月7日
初出「文芸懇話会 第一巻第七号」1936(昭和11)年7月1日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-04-15 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は本年度文芸懇話会賞候補作品として、関根秀雄訳「モンテーニュ随想録」を推薦したものの一人である。
 同じく本書を推薦した他の会員諸氏は、何れもそれぞれの理由をもつてゐる筈だが、私は特に委員会の指命に従つて、自分一個の推薦理由を公表することにする。
一、文芸懇話会賞は翻訳にも与へ得る規定がある以上、毎年といふわけには行くまいが、特に翻訳文学史上劃期的な収穫と見るべきものには、これを適用すべきであるといふのが私の意見であつた。幸ひ昨年度に於て、関根秀雄氏の「モンテーニュ随想録」三巻の名訳が完結し、専門家の間は勿論、これを識る人々の満場一致的賞讃を博したことから見て、本書の如きは最も適当な候補作品であると私は信じた。
二、翻訳の価値は何によつて決するかといふ問題は、甚だデリケエトである。一方、創作との比較評価の如きは、まつたく無意味に近い。が、しかし、翻訳のうちから一つを択ぶといふ場合に、自らその判断には基準が生じると思ふ。文学鑑賞の態度に、自ら一定の方向が伴ふのと同様である。私は次の諸点から、関根君の訳業を昨年度随一と断定する。
イ 原書の古典的、文化的価値。
「モンテーニュ随想録」は仏蘭西文学の有する、最も貴重な古典の一つであるのみならず、近代思潮の一大源泉として、世界文芸史上、その影響が甚だ深く、広く、且つ決定的である。云ふまでもなく、近代文明の黎明期に於て、仏蘭西が生んだこの良心と叡智の書が、現代の日本に齎らされて如何なる意義があるかといふことは、誰よりも先づわれわれ文学者が考なくてはならぬことであり、読書の愉悦の完きを知らしめること、当今、この書に如くものはないと私は考へる。
ロ この翻訳は誰にでも出来るといふやうなものではない。実際優秀な訳といはれるやうなもののうちにも、誰がやつてもやり方次第では、その程度のものになるといふ種類のものが多いが、この「モンテーニュ」は、稀有な教養と才能と努力とを俟つて、はじめてよく原書の真面目を伝へ得るものであり、殊にその文体の理解と邦語表現には、訳者自身の「モンテーニュ」的とも思はれる風格を必要とするのである。関根君の「モンテーニュ」は、実に、今日までの日本に於て、何人も企て及ばなかつたやうな、原書と訳文との微妙な照応を示し、恐らく完全な意味に於ける「モンテーニュ」日本語決定訳として、世界に誇示するに足るものである。
ハ 「モンテーニュ随想録」の翻訳が今日の日本に於て、文学賞を獲得するといふ時代的な現象について、私は、国民一般の注意を喚起し、特に、諸外国の識者にこのニュウスを伝へたく思ふ。これは何よりも雄弁に、我が国の文壇(若し文壇がそれを認めるなら)が、自国権力階級の反動化と蒙昧に拘はらず、常に進歩と自由の味方であることを語り得るものだと信じて疑はない。この翻訳がもう五十年早く世に出で、日本の大学生の大部分がこれ…

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