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アトリエの印象
アトリエのいんしょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集21」 岩波書店
1990(平成2)年7月9日
初出「アルト 第二号」1928(昭和3)年6月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-07-14 / 2016-05-12
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は巴里滞在中、二三の画家諸君と識り合ひになり、ちよいちよいアトリエを訪ねるやうなこともあつたが、いつでもその仕事振り、生活振りに多大の興味を惹かれた。
 第一に、いかにも楽しさうに仕事をしてゐる。母親が娘に晴着を著せてゐるやうだともいへるし、子供がお土産に貰つた寄木細工を弄んでゐるやうだともいへ、或はまた、酒飲みが晩酌の膳に向つたやうでもあり、善良な夫が細君の独唱を聴いてゐるやうでもある。
 第二に、訪問者の相手をしながら、平気でカン[#挿絵]スに向ひ、それでさほど煩はされもせず、訪問者も一向退屈しないといふことである。これは人によつても違ふのだらうが、さういふところは、われわれ原稿紙に向つて字を埋めて行く商売とは甚だ隔りがある。
 ――どうだい、この絵は……
 ――面白いね。
 話は甚だよくわかる。われわれの方では、さうは行かない。
 ――今、一寸したものを書きかけてるんだ。
 ――どこへ出すの?
 ――頼まれたもんだから、仕方なしに書いてるんだ。方面違ひの美術雑誌さ。
 ――へえ、脚本かい。
 ――ううん、なんでもいいつて云ふから、なんでもないことをだらだら書いてるんだ。
 ――随筆だね。随筆の筋なんてものはないかもしれないが、一体どういふことを書くつもりだい。
 ――書いて見なけれやわからんよ。
   ……………………………………
 結局、話題を他に移すより外はない。実際われわれが机に向つてゐるのを、人は手紙を書いてゐるくらゐにしか思はないらしい。その証拠に、少し待つてくれと云ふと、五分も待てば十分だといふやうな顔をしてゐる。
 第三に、絵に描く対象をすぐ、自分のわきに置いておくといふことである。それが美しいモデルなんかだと、一層面白い。この美しいモデルといふものは、どうして画家の専有物なのか。われわれだつて、ああいふものを傍らに侍らしておいて、それから必要なインスピレエシヨンを受けることはちつとも差支ないと思ふが、どうだらう。一人の小説家なり戯曲家なりが、ある女性に興味をもち、その美しさを「描く」ために、彼女を自分の書斎に閉ぢ込め、毎日時間をきめて、その肉体と精神の「姿態」を観察するとしたら、世間はなんと云ふだらう。よしんば、彼女を一度も裸にしないでも、これは「問題」となるに違ひない。
 私はある画家のアトリエを久しぶりで訪ねたが、その画家は、新しいモデルを手に入れたばかりのところで、大いに上機嫌だつた。彼はそのモデルを前において、あらゆる讃嘆の言葉を放つた。それは半ば私に聞かせるためであり、半ば彼女に聞かせるためである。或は、さう考へるのが既に私のお目出度いところで、実は、私の耳を通じて、その讃辞の悉くを彼女の耳に伝へてゐたのかもしれない。
 私はそこで、この一組の男女が――画家なる男とモデルなる女とが――いかなる関係なればこそ、かくも同時に、…

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