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お中元
おちゅうげん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集24」 岩波書店
1991(平成3)年3月8日
初出「河北新報(夕刊)」1939(昭和14)年6月23日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-12-28 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 中元歳暮の贈答を廃止するとかしないとかいふことが問題になつてゐる。
 これについて某名流婦人は、この習慣の弊害を認めながら、なほかつ、これを廃止することが実際上困難なことを嘆じ、かつ、その理由として、ある職業によつては、盆暮の「進物」が収入の重要部分を占めてゐる点を挙げてゐる。
 だから考へると可笑しな話で、そもそも、盆暮の贈答は、これを「贈る方」では廃止に賛成し「受ける方」では必ずしもさうでないといふわけである。
 ところが「貰ふと返さなければならぬ」から、貰ふのも閉口だといふ場合もあり得る。
 そこで、当局はこれをどう見てゐるか、一切盆暮の贈答は罷りならぬといふ布令を出したところで、単にお義理の贈答なら、お互ひやめればそれで済むのであるが、少くとも「報酬」の意味を含めたお中元の進物などは、贈る方でもなんとか別の手段を考へねばならず、受ける方でも、予め「貰はぬ」とは宣言はしかねるであらう。そこで、某名流婦人の意見の如く「商品切手」の代りに「愛国公債」にしてはといふ案も出るわけである。
 しかし、大体において、問題は、さういふ形式にあるのではなく、精神総動員の名において行はれる以上、飽までも、国民の生活刷新に対する自覚と熱意にかゝつてゐるのであつて、私の望むところは、この盆暮の進物といふ習慣のよつて来るところが、必ず日本人の一般社会生活に対する認識と訓練の欠如にあることを知り、この点を協力して補足是正しなければならぬといふことである。
 つまり「品物」や「金銭」を贈る代りに、なにを贈れば「義理」がすむかといふことである。



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