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戦時下の文化運動
せんじかのぶんかうんどう
副題――九州地方講演筆記――
――きゅうしゅうちほうこうえんひっき――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集25」 岩波書店
1991(平成3)年8月8日
初出「第一回九州地方文化協議会会議録」大政翼賛会組織局文化部、1942(昭和17)年1月
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-04-10 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「決戦下における翼賛文化運動実践の具体的方針」について、私から御相談申上げるのでありますが、先程「論議の時代は過ぎた」とは一応は申しましたけれども、しかし吾々文化運動に携るものの間に、確乎たる共通の理念をつくつておくことが、是非共必要であると存じます。これは論議の時代は過ぎたのでありますが、まだ吾々の間にはつきりした共通の標識といふものが、打建てられてゐないのではないかと惧れる点がございますので、決して事新しい議論ではないのでありますが、吾々としては「斯ういふ心持でゆかう」といふ、その心持について、まづこれから申上げたいと存じます。
 大東亜戦争の意義については、もはや吾々何も申すことはないのであります。これは吾々国民の間に確乎たる信念ができてゐると存じます。ただこの戦争完遂のための文化運動といふ点になりますと、そこにこの「戦争と文化」といふ問題が、取あげられると思ひます。
「戦争と文化」といふことについて今日までいろ/\な論議が行はれ、まだその燻ぶりが多少あらうと思ふのでありますが、これはまたの機会にはつきり国民の文化的能力といふものが、戦争完遂に欠くべからざる一つの要素であるといふことを、申しておきたいと存じます。
 即ち道徳、科学、芸術――この総力を結集し、そしてその上に大きな国家的目的をもつてこれを貫くところの国民文化能力が生ずるのでありまして、溌剌強靭なる生活力といひ、雄渾高雅なる「国ぶり」といひ、これが国民文化的能力の発露であります。文化は民族の理想を目指して、生々育成された一切の生活表現でありますし、また文明は、一面において人類の欲望から生れた智的所産とも云へるので、この混同が今日まで往々にして、文化運動乃至は文化といふものについて誤解を生んでゐるやうに、私は思ふのであります。
 健全なる文化の基礎がなければ、文明も常に民族発展の方向を誤り自縄自縛、遂に神の怒りにふれるのだと思ふのであります。欧洲文化の没落がこれを証明してゐます。しかしながら、人類の進歩乃至国家の繁栄にとつて一面、自然のある程度の変形、または技術の高度化といふことが、どうしても必要であります。この意味において、これは優れた文明の一要素をなすものと考へるのであります。従つて単なる文明謳歌といふものは、これは文化の健全性に反するものであります。文化を不健全ならしめ、或は文化を低めることさへあるものと考へるのであります。近来のアメリカ文明といふものが、文化的に見て甚だ不健全であり、また同時に文化的に見て低位であるといふことは、殆ど世界の輿論であります。
 今日までの文化も文明も、東西を通じてやはりこの方向を辿つて来た観があるのであります。ただわが日本は幸に三千年の伝統と鬱勃たる愛国の精神によつて西欧文明の侵略主義に向つて、正義の鋒をとる段階に這入りました。私はこれが大東亜戦争の、重大…

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