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隣組長として
となりぐみちょうとして
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集26」 岩波書店
1991(平成3)年10月8日
初出「婦人之友 第三十七巻第五号」1943(昭和18)年5月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-05-15 / 2016-04-14
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は今度隣組長の役を買つて出た。買つて出たといふ意味は、別に選挙をされたわけでもなく、特にみんなから私にやれと強ひられた覚えもないが、最近の常会で、どうも私自身この役を引受けた方がいゝといふ気にふとなつたからである。(昼間、家でぶらぶらしてゐるのは私だけだといふ負け目もあつて)
 かねて私は、今の政治が、当面の問題、殊に、戦争の経過につれて、どうしても急に解決しなければならぬ事柄の処置に没頭しがちで、国家百年の計を樹てるといふやうな点にあまり注意が向けられてゐず、為政者も、口では遠大な理想を説くけれども、実際政策の実行に当つては、云はば、目の前の仕事に追はれ、国民の指導と云つても、すぐに結果の現はれる要求のみを突きつける有様である。
 もちろん、国民として、個々の国策に協力することは絶対に必要であるのみならず、それによつてこの戦ひを勝ち抜くといふ信念をあくまでも固く持してゐなければならぬが、私は、少くとも、国民の一人として、われわれの生活が、今日の指導者の指導に従つてゐるだけで、果して、日本人としての誇るべき生活にまで築きあげられるかどうか、大に疑ひをもつものである。
 あとは個人々々の心掛けにあるといふなら、私はそんな無責任な指導ならまつ平ご免を蒙りたい。国民は、政府のためにあるのではなく、国家のためにあるのである。国民の指導は、国家の理想顕現を目標として行はるべきであり、焦眉の急に応ずることを口実として、日本人の生活を精神的に涸渇させるやうなことがあつては、まことに由由しいことである。
 本日、私は、はじめて、町内会の常会に出席し、当局の熱心な態度に敬服したが、この伝達事項と、指導の要点が、悉く事務的な今明日の問題のみであつて、辛うじて町内会員の生活現状を維持するに必要な事柄が指示されるだけで、いはゆる「建設の目標」が何処におかれてゐるかさつぱりわからない。かゝる常会の空気は、私には物足りないのである。私は、茲に面倒な理窟を云はなくても、町内会の事業なり、運動の方向なりに、是非とも、「町内の郷土化」更に進んで、「郷土の理想化」の精神が、その片鱗だけでも見えてゐたならと思ふ。
 かういふ目標がおのづから町内会によつて示されなければ、一般に「隣組の家族化」は恐らく困難であらう。仮に出来たとしても、それは偶然であり、その家族化は、やがて、旧来の家族至上主義に陥ること受け合ひである。
 今朝の新聞によると、東京だけかも知れぬが、新しく町内会に部制ができ、事務の分担がきまるやうである。それも結構だと思ふけれども、綜合的な生活向上の政治的配慮がどこに加へられてゐるか、私にはわからない。私の考へを云へば、町内会には、消費経済委員会なるものがたしか出来た筈であるから、それと並んで、「生活文化」或は「厚生文化」委員会なるものを当然設けてほしい。
 私は、隣組長として、副…

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