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十年の足跡
じゅうねんのそくせき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集27」 岩波書店
1991(平成3)年12月9日
初出「「文学座十周年記念」公演・歳月パンフレット」1948(昭和23)年1月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-06-23 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 文学座の歴史はまだ十年であるが、かういふ性質の劇団で十年の一貫した歴史をもつことはまづ珍しい部類に属すると思ふ。
 文学座はその間になにをしたか。どんな仕事を残したか。私は直接責任ある地位を比較的早く退いたのであるが、しかし、最も注意深くその歩みを見守つてゐた人間の一人として断言し得ることは、この劇団こそ、あらゆる悪条件のもとで一番正しい演劇の道を辿り、これまでの日本の芝居が到達しなかつたある地点に到達し、そこからのみわれ/\の真に舞台に求めるものが生れるであらうやうな健康な演技の基礎を置くことに成功しつゝあるといふことである。
 なに/\の上演が画期的であつたとか、こんな傑作を初めて紹介したとかいふやうな、云はゞ在来の劇団のもつ誇りを文学座は仮りに他に譲るとしても、若い劇団としてのそれ以上の、そして、これこそが本質的なものであるべき仕事、すなはち、劇団員個々の力の培養に見るべき成果を挙げ得たといふことは、私としてはこのうへもなく心強く思ふことである。
 文学座の劇団としての華々しい仕事はこれから徐々にはじめられるであらう。しかし、私のやうなものゝ眼からみると、むしろ文学座の本領は、文学座の歩みをともに歩んだ同志のすがたが、日本の演劇界のそこにもこゝにも見えるといふ事実、云はゞ文学座の「精神」のゆるぎなき母胎たることにあるのである。
 おほかたの劇団の例にもれず、文学座も亦、この十年間に二三の惜しむべき人々の去り行くのをどうすることもできなかつた。それにしても、さういふ人々の名前がどこかに光つてゐる限り、それは、われ/\の血縁として、文学座は、つねにそれらの存在を誇り得る立場にあると信じる。



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