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人間カザノヴァの輪郭
にんげんカサノヴァのりんかく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集27」 岩波書店
1991(平成3)年12月9日
初出「人間 第四巻第二号」1949(昭和24)年2月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-07-25 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 カザノヴァの回想録を訳しはじめてみると、いろいろな問題が自分にも起こつて来るし、この書物の解説といふやうなものが同時になくてはならぬといふ気がするので、既に世にあらはれている文献をできるだけ探す一方、自分自身のメモもひと通り作つておきたいと思つてゐる。これから二十巻ぐらゐに分けてつぎつぎに刊行する予定の訳本に、いくらかづゝでもそのノートをのせるやうにしたい。
「人間カザノヴァ」は、私が今、一番興味を惹かれてゐる「人間の典型」の一つである。
 十二三年前のこと、私はふとカザノヴァを読んでみる気になつた。フラマリオン版の古典叢書で全八巻といふ大部なものだが、私は一と夏かゝつてぼつぼつ読んだ。時には読み耽るといふ状態に自分で気がついて、やゝそらおそろしくなることもあつた。
 ともかく、天下の珍書である。そして、私のこの書物から受けた印象から云へば、カザノヴァといふ人物は、聞きしにまさる「痛快な男」である。
 もちろん、稀代の漁色家といふ一面で、ドン・ファンの向ふを張る腕前は、さすがに名声に恥ぢないものではあるが(ドン・ファンとの比較は古来好事家の間で屡[#挿絵]行はれてゐる。カザノヴァ論には欠かすことのできない重要な一項目である)、この十八世紀の生んだヴェネチア人は、決してそれだけの代物ではない。これはまさしく、人間の歴史が永く記念すべきエポック・メーキングで、ヨオロッパ人はあるひはそれほどにも思はぬかもしれぬが、われわれ東洋人の眼にうつる彼の人間像は、過去現在を通じて、最も注目すべき一つの典型、「解放の途上にある」人間の、ある特殊な条件のもとに示された裸のすがた、しかも、極めて逞しい、魅力に富む裸のすがたなのである。
 われわれも同様に「ヨオロッパ精神」と呼ぶもの、かのギリシャとヘブライの伝統のなかに芽生えた人間性の発展の過程は、必ずしもつねに平坦な軌道に乗つてはゐない。ルネッサンスは、一方から言へば、叡智の開花ではあつたが、また一方からみると、混沌への突入である。光明ははるか彼方にあつて、足許はまだ暗く、「自由」は観念として人々を覚醒させたとは言へ、その「自由」は、まだ求めて得られるか得られぬかが問題で、それは畢竟自己以外のところにあつた。つまり、「自由」はどこかになければならぬことを知り、何が「自由」であるかを悟りはじめ、「自由」をわがものとするために戦はねばならぬ時機であつた。そして、その状態は、十八世紀まで続いたのである。
 といふ意味は、「人間は自由」だといふことを、観念としてではなく、身をもつて感じ得るまでに数世紀を要したといふ事実に眼をふさいではならぬといふことである。つまり、人間の自由は、なによりも、己れみづからこれを束縛してゐることに思ひ至る必要があつた。かくて、ヨオロッパに於ける人間改造は、十八世紀の開幕によつて、やうやく一段落を告げ…

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