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温室の前
おんしつのまえ
作品ID44780
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集2」 岩波書店
1990(平成2)年2月8日
初出「中央公論 第四十二年第一号」1927(昭和2)年1月1日
入力者tatsuki
校正者Juki
公開 / 更新2009-12-23 / 2014-09-21
長さの目安約 42 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

大里貢
同 牧子
高尾より江
西原敏夫

  東京近郊である。
  一月中旬の午後五時――
[#改ページ]


       第一場

大里貢の家の応接間――石油ストーブ――くすんだ色の壁紙――線の硬い家具――正面の広い硝子戸を透して、温室、グリーン・ハウス、フレム及び花壇の一部が見える。
硝子戸に近く、高尾より江――二十五六歳に見える――が、ぢつと外を眺めてゐる。さつぱりした洋装。
――間――
大里牧子――二十八九歳ぐらゐの目立たない女――小走りに現れる。

牧子  どうも、お待たせしました。兄がなんにも云つてつてくれないもんですから、間誤ついちまつて……。(両人腰をおろす)普段から、兄は兄、あたくしはあたくしでせう。何一つ手伝はせないんですの。あたくしも、また、それをいいことにして、自分勝手なことばかりしてゐるんです。けれど……ですから、かういふ時、困りますの。でも、留守にすることなんか、滅多にないんですものね。さうですわ、ここへ引込んでから、今日が初めてぐらゐですわ、東京へなんぞ出ましたのは……。
より江  もう、おからだの方は、すつかりおよろしいんですの。
牧子  だらうと思ふんですけれど……その後、風邪一つ引きませんし……。あの顔色ですもの、大丈夫でせう。
より江  ほんとに、長らくお患ひになつたなんて思へませんわ。でも、まあ、あなたが、よく……。
牧子  ええ、これも、仕方がありません。――なんていふと、えらく悟つたやうですけれど、あたくしたちは、御承知の通り、珍らしく身よりつていふものがないんですからね。物心のつく頃から、兄一人妹一人で、育つて来てるんですから、かうして一生、お互の世話になつて暮すなんていふことが、それほど不自然には思へないんですの。(間)それや、兄さへその気になつてくれれば、兄の世話は、「その人」に委せて、あたくしは、外へ出るなりなんなり出来ないこともありませんけれど――その為に、一通り覚えることだけは覚えておいたんですのよ――さあ、それが、何時の役に立ちますやら……。
より江  タイプライタアもなすつたんですつて……。
牧子  タイプライタアは邦文の方だけですけれど、速記も序に習ひましたし……。それに、何時ぞや、神田でお目にかかりましたわね、あの頃は、ミシンをやつてましたのよ。
より江  さうですつてね。あれから、もう四五年になりますかしら……。逗子からお通ひになつてたんでせう。
牧子  ええ。兄の病気が、まだひどい頃でした。昼間だけ看護婦についてて貰つて……。(間)それでもあの頃は若う御座んしたわ。

(沈黙)

より江  でも、不思議ですわね、こんなところで、お目にかかるなんて……。標札を見ると、大里貢……なんだか聞いたことのある名前だとは思つてましたの。毎日通るんでせう。あなたのお兄様だと知つたら……。それでも、あなた…

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