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ふるさとに寄する讃歌
ふるさとによするさんか
副題――夢の総量は空気であつた――
――ゆめのそうりょうはくうきであった――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 01」 筑摩書房
1999(平成11)年5月20日
初出「青い馬 創刊号」岩波書店、1931(昭和6)年5月1日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-05-04 / 2016-04-04
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は蒼空を見た。蒼空は私に泌みた。私は瑠璃色の波に噎ぶ。私は蒼空の中を泳いだ。そして私は、もはや透明な波でしかなかつた。私は磯の音を私の脊髄にきいた。単調なリズムは、其処から、鈍い蠕動を空へ撒いた。
 私は窶れてゐた。夏の太陽は狂暴な奔流で鋭く私を刺し貫いた。その度に私の身体は、だらしなく砂の中へ舞ひ落ちる靄のやうであつた。私は、私の持つ抵抗力を、もはや意識することがなかつた。そして私は、強烈な熱である光の奔流を、私の胎内に、それが私の肉であるやうに感じてゐた。
 白い燈台があつた。三角のシャッポを被つてゐた。ピカピカの海へ白日の夢を流してゐた。古い思ひ出の匂がした。佐渡通ひの船が一塊の煙を空へ落した。海岸には高い砂丘がつづいてゐた。冬にシベリヤの風を防ぐために、砂丘の腹は茱萸藪だつた。日盛りに、蟋蟀が酔ひどれてゐた。頂上から町の方へは、蝉の鳴き泌む松林が頭をゆすぶつて流れた。私は茱萸藪の中に佇んでゐた。
 その頃、私は、恰度砂丘の望楼に似てゐた。四方に展かれた望楼の窓から、風景が――色彩が、匂が、音が、流れてきた。私は疲れてゐた。私の中に私がなかつた。私はものを考へなかつた。風景が窓を流れすぎるとき、それらの風景が私自身であつた。望楼の窓から、私は私を運んだ。私の中に季節が育つた。私は一切を風景に換算してゐた。そして、私が私自身を考へた時、私も亦、窓を流れた一つの風景にすぎなかつた。古く遠い匂がした。しきりに母を呼ぶ声がした。
 私は、求めることに、疲れてゐた。私は長い間ものを求めた。そのやうに、私の疲れも古かつた。私の疲れは、生きることにも堪え難いほど、私の身体を損ねてゐた。私は、ときどき、私の身体がもはや何処にも見当らぬやうに感じてゐた。そして、取り残された私のために、淡い困惑を浮べた。私の疲れは――たとへば、茱萸の枝に、私は一匹の昆虫を眺めてゐるのであつた。昆虫は透明な羽をかぼそく震はせてゐた。私は私の身体が、また透明な波であることに気付いてゐた。それは靄よりも軽い明暗でしかなかつた。昆虫の羽の影が、私の身体にあわく映つてゆれた。赤熱した空気に、草のいきれが澱んでゐた。昆虫は飛び去つた。そしてその煽りが鋭く私の心臓を搏撃したやうに感じられた。太陽のなかへ落下する愉快な眩暈に、私は酔ふことを好んだ。
 長い間、私はいろいろのものを求めた。何一つ手に握ることができなかつた。そして、何物も掴まぬうちに、もはや求めるものがなくなつてゐた。私は悲しかつた。しかし、悲しさを掴むためにも、また私は失敗した。悲しみにも、また実感が乏しかつた。私は漠然と、拡がりゆく空しさのみを感じつづけた。涯もない空しさの中に、赤い太陽が登り、それが落ちて、夜を運んだ。さういふ日が、毎日つづいた。
 何か求めるものはないか?
 私は探した。いたづらに、熱狂する自分の体臭を感ずるばか…

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