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淫者山へ乗りこむ
いんじゃやまへのりこむ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 01」 筑摩書房
1999(平成11)年5月20日
初出「作品 第六巻第一号」1935(昭和10)年1月1日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-06-29 / 2016-04-04
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 その娘の父は独力相当の地位と富を築きあげた実業家でありました。外見は豪放磊落にみえるが実際は至つて気の小さな善人だつたのです。一見豪放の裏側では細かいことに気がつきすぎたり拘泥しすぎたりして結局大きいことができないたちの、相当のところまでは漕ぎつけるが一流の大立物にはなれないやうな人でありました。
 娘に結婚の話がきまり相手の青年も選ばれてみると、この善良な父親は娘の許嫁にあまり試験官でありすぎた嫌ひがあつたやうです。もともと自分が選定し、自分からまつさき気に入つた青年であつたのに、さうして結婚の日取も定まつた後であるのに、青年を試す眼はいつかな休もうとしないのであります。さうして色々と青年の隠された心に気がつきました。
 青年も外見は豪放磊落な男でありました。若者の心には仕事も終りに近づいた老人にくらべて多くの生々しい複雑が隠されてゐることは仕方がないが、この青年は見掛けが磊落なだけ包まれるものは余計に大きくもあり醜くもあり、そのうへ人を見抜く眼光も娘の父親以上に辛辣な神経ではたらく男でありました。
 青年は自分の裏側の本心を看抜かれるたびに、それを隠しだてやうとはしないで却つてさらけだすやうにしました。時々は内心さうすることをてれながらも、看抜かれたものをわざと誇張して振舞ふのであります。かういふ青年のふてぶてしさは此の人の余儀ない傾向でほかに他意はなかつたのですが、これが娘の父親を苦しめる種になるのでした。
 内心人の思惑を気に病むたちの娘の父は己れの秘密の眼力が風のやうにたあいもなく青年の勘に伝はつてしまふことも心外であつたが、看破られた心を隠さうとしない青年の態度が己れの弱身への挑戦に思はれ、この年寄はたかが人間の裏の複雑な心さへ容れることのできない小人物にすぎないのかと、暗に斯様な嘲弄をほのめかしてゐるやうに思はれて逆上を覚えずにゐられなくなるのです。そこで老人は自分もそれほど小心者でないことを暗示するため色々の方策を考へるのであつたが、考へてはみるものの行ふ機会を逃がしたり、行つてはみるものの頗る下手糞な表現であつたりして、要するにさういふ重苦しい心の負債が対談する青年の心にも深い溝をつくらせるやうになりました。
 ある夜のこと、老人はすこし酔ひすぎてゐましたが、たうとう青年をカフェへ連れていつたのです。それも老人の住居近くの最も場末の怪しげな店でした。老人はいきなり女を抱きよせました。日頃そんなことを平気にやりつけてゐる人のやうに、呆気にとられた青年の目の前でやにはに女の股間に手をさし入れやうとするのであつたが、次々と女に逃げられてしまふうちに、この人は全く逆上しきつた様子でした。彼は二三百円の札束を掴みだしました。さうして、それを許す女ごとに十円づつ与へ、同様の遊蕩を娘の許嫁にやらせやうとするのです。青年は平気な顔をして笑つてゐたのですが…

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