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市井閑談
しせいかんだん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 03」 筑摩書房
1999(平成11)年3月20日
初出「都新聞 第一八五〇三号~一八五〇五号」1939(昭和14)年5月6日~8日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-29 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   (一) やまさん

 昔銀座裏に「千代梅」といふおでん屋があつたころ、あそこは奇妙な人物が出入して不思議なところであつたが、桃中軒雲右衛門の妻君といふ婆さんなどと一緒に「やまさん」といふ二十二三の優男が居候してゐた。
「やまさん」は左団次の弟子で女形だつたさうだ。それであそこへ出入する芸者達がおやまの「やまさん」で、さう称んでゐたのである。時々「たいこもち」に出掛けたりした。
「やまさん」は変態であつた。僕はさういふことを知らないので、この店へくると「やまさん」を相手に酒をのむ。そのうち「やまさん」の挙動が妙なのでやうやく変態といふことが分り、それ以来いくぶん敬遠するやうになつた。
 正月元旦の深夜、やまさんが酔つ払つて年始にやつてきた。昨年中は色々つれない仕打ちを受けてなさけない、今年は相変りますやうになど奇妙な挨拶をして、てこでも動かない。元旦匆々僕も大変くさつた。
 もう午前二時であつた。僕は意を決し、友人に救ひを求めることにした。やまさんを誤魔化して連れ出し、自動車を走らせて詩人鵜殿新一のところへ駈つけた。
 折から鵜殿は深夜といふのに元旦の肴を部屋一杯に並べて一人ちびり/\と年賀の酒を飲んでゐるところであつた。元旦は居酒屋が休みだ。

 鵜殿は事情を呑みこんで万事心得たといふと、ちよつと近所の兄貴の家へ酒を取りに行つてくるからと嘘をついて、二人を残し、出て行つた。彼がひろげておいた元旦料理で僕達も一杯傾けて待つうちに、間もなく一人の九州男児をひきつれて帰つてきた。それから又数分すると、美学者の待鳥君が鵜殿の兄貴のやうな顔をしてやつて来て、自宅で一杯差上げたいから来て呉れと言ふ。それで待鳥、鵜殿、僕の三人はやまさんと九州男児を置き残して、芽出度く外へ出ることができた。
 僕達は例によつて例の如き場所で大笑ひしながら酒をのんだのであつたが、笑ひごとでないのは、やまさんであつた。
 鵜殿が素早く連れてきた九州男児は故郷の遺風のやうに男色であつた。生憎元旦の酒で大いに酩酊してゐたので、一層始末が悪かつたらしい。咄嗟にかういふ悪戯を思ひついた鵜殿新一も呑気な奴だが、僕達も大いにメートルが上つて、ひとつ二人の様子を見ようではないかといふので、電話をかけてみた。鵜殿は兄貴が経営してゐる雄風館書房の店の方に寝泊りしてゐたのである。
 電話にはやまさんが息せききつて現れた。悲しい声をふりしぼつて「助けに来て下さい。殺されさうです」と言ふ。僕達は腹を抱へて噴きだした。鵜殿の店には店員も泊つてゐるから、殺伐な結果になるやうな怖れはないのである。
 罪な悪戯をしたものだが、これが利いて、その後やまさんは慎しみ深くなつた。

 僕が本郷の菊富士ホテルへ越してくると、やまさんは踊りや長唄の稽古の道順で、時々遊びに立寄つた。僕の真下に当る部屋には待鳥君が下宿してゐた。
 …

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