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文学のふるさと
ぶんがくのふるさと
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 03」 筑摩書房
1999(平成11)年3月20日
初出「現代文学 第四巻第六号」大観堂、1941(昭和16)年7月28日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-25 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 シャルヽ・ペローの童話に「赤頭巾」といふ名高い話があります。既に御存知とは思ひますが、荒筋を申上げますと、赤い頭巾をかぶつてゐるので赤頭巾と呼ばれてゐた可愛い少女が、いつものやうに森のお婆さんを訪ねて行くと、狼がお婆さんに化けてゐて、赤頭巾をムシャ/\食べてしまつた、といふ話であります。まつたく、たゞ、それだけの話であります。
 童話といふものには大概教訓、モラル、といふものが有るものですが、この童話には、それが全く欠けてをります。それで、その意味から、アモラルであるといふことで、仏蘭西では甚だ有名な童話であり、さういふ引例の場合に、屡々引合ひに出されるので知られてをります。
 童話のみではありません。小説全体として見ても、いつたい、モラルのない小説といふのがあるでせうか。小説家の立場としても、なにか、モラル、さういふものゝ意図がなくて、小説を書きつゞける――さういふことが有り得ようとは、ちよつと、想像ができません。
 ところが、こゝに、凡そモラルといふものが有つて始めて成立つやうな童話の中に、全然モラルのない作品が存在する。しかも三百年もひきつゞいてその生命を持ち、多くの子供や多くの大人の心の中に生きてゐる――これは厳たる事実であります。
 シャルヽ・ペローといへば「サンドリヨン」とか「青髯」とか「眠りの森の少女」といふやうな名高い童話を残してゐますが、私はまつたくそれらの代表作と同様に、「赤頭巾」を愛読しました。
 否、むしろ、「サンドリヨン」とか「青髯」を童話の世界で愛したとすれば、私はなにか大人の寒々とした心で「赤頭巾」のむごたらしい美しさを感じ、それに打たれたやうでした。
 愛くるしくて、心が優しくて、すべて美徳ばかりで悪さといふものが何もない可憐な少女が、森のお婆さんの病気を見舞に行つて、お婆さんに化けて寝てゐる狼にムシャ/\食べられてしまふ。
 私達はいきなりそこで突き放されて、何か約束が違つたやうな感じで戸惑ひしながら、然し、思はず目を打たれて、プツンとちよん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない「ふるさと」を見ないでせうか。
 その余白の中にくりひろげられ、私の目に泌みる風景は、可憐な少女がたゞ狼にムシャ/\食べられてゐるといふ残酷ないやらしいやうな風景ですが、然し、それが私の心を打つ打ち方は、若干やりきれなくて切ないものではあるにしても、決して、不潔とか、不透明といふものではありません。何か、氷を抱きしめたやうな、切ない悲しさ、美しさ、であります。
 もう一つ、違つた例を引きませう。
 これは「狂言」のひとつですが、大名が太郎冠者を供につれて寺詣でを致します。突然大名が寺の屋根の鬼瓦を見て泣きだしてしまふので、太郎冠者がその次第を訊ねますと、あの鬼瓦はいかにも自分の女房に良く似てゐるので、見れば見るほど悲しい、…

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