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間木老人
まきろうじん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 北條民雄全集 上巻」 東京創元社
1980(昭和55)年10月20日
初出「文学界」1935(昭和10年)11月号
入力者Nana ohbe
校正者富田晶子
公開 / 更新2017-03-03 / 2017-01-14
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この病院に入院してから三ヶ月程過ぎたある日、宇津は、この病院が実験用に飼育してゐる動物達の番人になつてはくれまいかと頼まれた。病院とはいへ、千五百名に近い患者を収容し、彼等同志の結婚すら許されてゐるここは、完全に一つの特殊部落で、院内には土方もゐるし、女工もゐるし、若芽のやうな子供達も飛び廻つてゐて、その子供達のためには、学校さへも設けられてあつた。患者達も朽ち果てて行く自分の体を、毎日ぼんやり見て暮す苦しさから逃れたいためでもあらうが、作業には熱心で、軽症者は激しい労働をも続けてゐた。彼等の日常の小使銭は、いふまでもなくこの作業から生れてくるもので、夜が明けると彼等はそれぞれの部署へ出かけて行くのだった[#「だった」はママ]。かうした中にあつて、宇津はまだどの職業にも属してゐなかつたので、番人になつてくれといふ頼みを承知したのだつた。勿論これも作業の一つで、一日五銭が支給された。宇津は元来内向的な男で、それに入院間もないため、自分の病気にまだ十分に馴れ切ることが出来ず、何時でも深い苦悶の表情を浮べて、思ひ悩んでゐることが多かつた。その上凡てが共同生活で、十二畳半といふ広い部屋に、六名づつが思ひ思ひの生活をする雑然さには、実際閉口してゐたのだつた。さういふ彼にとつて、動物の番人はこの上ない適役であり、一つの部屋が与へられるといふことが、彼にとつて大変好都合だつたのである。
 動物小屋は、L字形に建てられた三号と四号の、二つの病棟の裏側で、終日じめじめと空気の湿つた、薄暗い所であつた。どうかすると、洞穴の中へ這入つたやうな感じがし、地面には蒼く苔が食んでゐた。もともとこの病院が、武蔵野特有の雑木林の中に、新しく墾かれて建てられたものであるため、人里離れた広漠たる面影が、まだ取り残されてゐた。患者の逃走を防ぐために、院全体が柊の高い垣根で囲まれてゐて、一歩外へ出ると、もうそこは武蔵野の平坦な山である。小屋の周囲にも、松、栗、檜、それから種々な雑木が、苔を割つて生えてゐた。その中、小屋のすぐ背後にある夫婦松といはれる二本は、づぬけて太く、三抱もあるだらうか、それが天に冲する勢で傘状に枝を張つて、小屋を抱きかかへるやうに屋根を覆つてゐた。屋根には落葉が積つて、重さうに厚く脹れて、家の中へは、太陽の光線も時たま糸を引くやうにさすくらゐのものであつた。宇津の部屋も、この動物小屋の内部にあつて、動物の糞尿から発する悪臭が、絶えず澱んでゐた。殆ど動物達と枕を並べて眠るやうなもので、初めの間彼も大変閉口したが、重病室の患者が出す強烈な膿の臭ひよりは耐へ易く思つた。
 動物は、猿、山羊、モルモット、白ねずみ、兎――特殊なものとしては、鼠癩に患つた白ねずみが、三匹、特別の箱に這入つてゐた。これ等に食物を与へたり、月に二三度も下の掃除をしてやるのが、彼の仕事だつた。従つて暇も多か…

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