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隠亡堀
おんぼうぼり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集2」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年11月20日
初出「大衆文藝」1926(大正15)年6月
入力者阿和泉拓
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-12-14 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

「伊右衛門さん、久しぶりで」
 こう云ったのは直助であった。
 今の商売は鰻掻であった。
 昔の商売は薬売であった。
 一名直助権兵衛とも呼ばれた。
「うん、暫く逢わなかったな」
 こう云ったのは伊右衛門であった。
 昔は塩谷家の家来であった。
 今は無禄の浪人であった。
「考えて見りゃあお前さんは、私に執っちゃあ敵だね」
 一向敵でも無さそうに、にやにや笑い乍ら直助は言った。
「洒落かい、それとも無駄なのか」伊右衛門には興味も無さそうであった。「洒落にしちゃあ恐ろしい不味い。無駄にしちゃあ……いかにも無駄だ」
「でもね伊右衛門さん、そうじゃあ無いか。私の女房の姉というのは、四谷左門の娘お岩、その左門とお岩とを、お前さんは文字通り殺したんだからね」
「そうとも文字通り殺したよ。お岩を呉れろと云った所、左門奴頑固に断わったからな。それで簡単に叩っ切ったのさ」
「でも何うしてお岩さん迄?」
「うん、増花が出来たからよ」
「伊藤喜兵衛のお嬢さんが、惚れていたとは聞いていたが」
「お梅と云って別嬪だった」
「お岩さんより可かったんだね?」
「第一若くて初心だったよ。子を産みそうな女ではなかった。玩具のような女だったよ」
「へへえ、そこへ打ち込んだんだね!」
「何しろお岩は古女房、そこへ持って来て子を産みやあがった。どうもね、女は子を産んじゃあ不可ねえ。ひどく窶れてみっともなくなる。肋骨などがギロギロする。尤も金持の家庭なら、一人ぐらいは可いだろう。産後の肥立が成功すると、体の膏がすっかり脱けて、却って別嬪になるそうだからな。ところが不幸にもあの時分、俺等はヤケに貧乏だったものさ」
「でも、殺さずとも可かったろうに」
「ナーニ、手にかけて殺したんじゃあねえ。変な具合で自殺したんだ。尤も自分で死ななかったら、屹度俺は殺したろうよ」
「恨死に死んだんだね」
「お説の通りだ、恨死に死んだ」
「で、只今はお梅さんと、仲宜くおくらしでござんすかえ?」
 直助は古風に冷かすように訊いた。
「何さ、お梅も喜兵衛奴も、婚礼の晩に叩っ切って了った」
 伊右衛門は斯う云うと苦笑した。
「お梅は何うでも可かったが、持参金だけは欲しかった。伊藤の家庭と来たひにゃあ、時々蔵から小判を出して、錆を落とさなけりゃあならねえ程、うんとこさ金があったんだからなあ」
「だが何うして殺したんで?」
「時の機勢という奴さ」伊右衛門はひどく冷淡に「お梅の顔がお岩に見え、喜兵衛の顔が小仏小平、其奴の顔に見えたのでな、ヒョイと刀を引っこ抜くと、コロコロと首が落ちたってものさ」
「ははあ、其奴ぁお岩さんの怨だ」
「世間でもそんなことを云っていたよ」
「でお前さんは何う思うので?」
「何う思うとは何を何う?」
「幽霊が恐くはありませんかね?」
「それより俺は斯う云い度いのさ。人間の良心というものは…

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