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黒い蝶
くろいちょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-09-13 / 2014-09-21
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 義直は坂路をおりながらまた叔父のことを考へた。それは女と一緒にゐた時にも電車の中でも考へたことであつたが、しかしそれは、叔父が自分の帰りの遅いのを怒つて待つてゐるだらうと云ふことであつたが、あの時のはその叔父が自分の家へ来て坐つてゐるやうな感じが加はつてゐた。義直は困つたなと思つた。
(行つて来ましたが、和尚さんが留守でしたから、念のために明日の朝早くも一度行くことにして来ました、)
 行つたけれども留守であつたと云ふことにして、明日の朝行かうと考へてゐる弁解の言葉が、役立たないやうに思はれだした。彼は歩いて来た路が行き詰つたやうな気になつて歩くことを止めた。
(どう云つたものだらう、)
 暗いひつそりした坂路が自分の体を支へてゐた。義直は向ふの崖の上に眼をやつた。暗い屋根の並んだ上に不思議な形をした建物が聳えてゐた。建物の上には三ツの星があつた。それは石燈籠の上に祠をのつけたやうに見える塔であつた。彼は不思議な物を見付けたと云ふやうな眼付をしてそれを見詰めた。それは裁判官あがりの地主が建築したもので、二三年この方見慣れてゐる物であつた。
(――谷の怪塔、)
 青いぎらぎらした光がその塔の中から出て、それが蛇の畝るやうに光つた。塔の四方には一つづつの小さな窓があつて時とするとその窓から灯の見えることは義直の記憶にあつた。彼は今晩はその窓へ探照燈のやうな仕掛けでもして遊んでゐるのではないかと思つたが、もう何も見えなくなつて、塔の輪廓がまた薄くぼんやりと見えて来た。
(眼の具合であつたかな、今晩は別に灯も見えてゐるやうでない、)
 義直は時間のことを思ひだした。
(もう十時だらうか、)
 彼は女と別れて帰つて来た時のことを考へた。女は二人で飲んだ氷のコツプを盆へ載せておろして行つたが、あがつて来ると笑顔になつて了つた。
(もう十分過ぎてますよ。ついでに十一時まで好いでせう、十一時までいらつしやい、)
 朝の内に行けなかつたので、二時頃から郊外の寺へと出かけて行つたところが、電車の乗替へで女と出くはして無理に連れて行かれた。養父の一周忌のことであるからどうしても行かなくてはならないと思ひながら、ひつ張られて夕方になり、夕方がまた十時になり、その十時ももう十分過ぎてゐた。
(叔父が煩いから、帰らなくちやならない、もう、屹と一度や二度は女中をよこしてゐる、)
 それでも何かしらしてゐる内に、五分ぐらいは過ぎてゐたらうから、電車が三十分としても、もう十一時にはなつてゐる。仮令自分が来て待つてゐないまでも、屹と女中をよこして帰り次第家へ来るやうに云つて来さしてあるに違ひないと思つた。と、渋紙色の顔をして朝晩に何かをたくらんでゐるやうな、すこしも人に腹の奥底を見せない老人の顔が眼前に浮んで来た。
(あの旦那のためには、随分泣かされた人があると云ひますからね、ほんとに…

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