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雑木林の中
ぞうきばやしのなか
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-09-16 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 明治十七八年頃のことであつた。改進党の壮士藤原登は、芝の愛宕下の下宿から早稲田の奥に住んでゐる党の領袖の所へ金の無心に行つてゐた。まだその頃の早稲田は、雑木林があり、草原があり、竹藪があり、水田があり、畑地があつて、人煙の蕭条とした郊外であつた。
 それは夏の午後のことで、その日は南風気の風の無い日であつた。白く燃える陽の下に、草の葉も稲の葉も茗荷の葉も皆葉先を捲いて、みやうに四辺がしんとなつて見える中で、きりぎりすのみが生のある者のやうに彼方此方で鳴いてゐた。登は稲田と雑木林との間にある小さな路を歩いてゐたが、ところどころ路が濡れてゐて、ちびた駒下駄に泥があがつて歩けないので、林の中に歩く所はないかと思つて眼をやつた。其所には雑草に交つて野茨の花が白く咲いてゐたが、その雑草の中に斜に左の方へと行つてゐる小さな草路があつた。登はその草路の方へと歩いて行つた。
 鍔の広い麦藁帽は、雑木の葉先に当つて落ちさうになる所があつた。登はそれを落さないやうにと帽子の縁に右の手をかけてゐた。彼はその時先輩に対して金の無心を云ひだす機会を考へてゐた。彼は何人か二三人来客があつてゐてくれるなら好いがと思つた。それはもう途中で二度も三度も考へたことであつた。
 ……(今日は何しに来たんだ)
 と云ふのを待つて、
(すみませんが……、)
 と云ふやうに頭を掻いてみせると、
(また金か、この間、くれてやつたのが、もう無くなつたのか、幾等入るんだ、)
 と、豪放な口の利方をするのを待つてゐて、
(すみませんが、五円ぐらゐ……、)
 とやると、
(しやうの無い奴だ、)
 と云つて、傍の手文庫の中から出してくれたが、何人も傍にゐない時には一銭も出さない。……
 彼は今日あたりは幹事の島田あたりが屹と来てゐるだらう、内閣の割込み運動のやうな秘密な会合だとその席へは通れないが、普通の打ち合せで、それから晩餐でも一緒にやると云ふやうなことであつたら、通さないこともないだらう、さうなると金が貰へた上に、酒にもありつけると思つた彼は好い気持になつて来た。
 眼の前に若い子供子供した女の顔が浮かんで来た。彼の心はその方にと引かれて行つた。
(小桜、)
 あれは確に小桜と云つたなと思つた。それはその前夜吉原の小格子で知つた女の名であつた。
(今晩もずつと出かけて行かう、)
 登はふと足のくたびれを感じた。彼は愛宕下から休まずにてく/\歩いて来たことを考へだした。額には湯のやうな汗があつた。彼は右の手を腰にやつた。白い浴衣の兵児帯には手拭を挟んであつた。彼は手さぐりにその手拭を取り、左の手で帽子を脱いで、汗を拭ひだした。
 一軒の茶店のやうな家が眼の前にあつた。其所は路の幅も広くなつてゐた。一間くらゐの入口には、納涼台でも置いたやうな黒い汚い縁側があつて、十七八の小柄な女が裁縫をしてゐた。それは子供子…

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