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ランプの影
ランプのかげ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「飯待つ間」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年3月18日
初出「ホトトギス 第三巻第四号」1900(明治33)年1月10日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-07-01 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のように見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪廓を形づくって居る。その顔が始終目について気になっていけないので、今度は右向きに横に寐ると、襖にある雲形の模様が天狗の顔に見える。いかにもうるさいと思うてその顔を心で打ち消して見ると、襖の下の隅にある水か何かのしみがまた横顔の輪廓を成して居る。仕方がないから試に左向きに寐て見るとガラスごしに上野の杉の森が見えてその森の隙間に向うの空が透いて見える。その隙間の空が人の顔になって居る。丁度画探しの画のようで横顔がやや逆さになって見えるのは少し風変りの顔だ。再び仰向になって、今度は顔のない方の天井の隅を睨んで居ると、馬鹿に大きな顔が忽然と現れて来る。
 かように暗裏の鬼神を画き空中の楼閣を造るは平常の事であるが、ランプの火影に顔が現れたのは今宵が始めてである。
[#挿絵]
『ホトトギス』所載の挿画

 年の暮の事で今年も例のように忙しいので、まだ十三、四日の日子を余して居るにもかかわらず、新聞へ投書になった新年の俳句を病牀で整理して居る。読む、点をつける、それぞれの題の下に分けて書く、草稿へ棒を引いて向うへ投げやる。それから次の草稿へ移る。また読む、点をつける、水祝という題の処へ四、五句書き抜く、草稿へ棒を引いて向うへ投げやる。同じ事を繰り返して居る。夜は纔に更けそめてもう周囲は静まってある。いくらか熱が出て居るようでもあるが毎夜の事だからそれにも構わず仕事にかかって居る。けれども熱のある間は呼吸が迫るので仕事はちっともはかどらぬ。それのみでない蒲団の上に横になって、右の肱をついて、左の手に原稿紙を持って、書く時には原稿紙の方を動かして右の手の筆の尖へ持って往てやるという次第だから、ただでも一時間か二時間かやると肩が痛くなる。徹夜などした時は、仕事がすんでから右の手を伸ばそうとしても容易に伸ばす事が出来んようになってしまう。今日も昼からつづけさまに書いて居るので大分くたびれたから、筆を投げやって、右の肱を蒲団の外へ突いて、頬杖をして、暫く休んだ。熱と草臥とで少しぼんやりとなって、見るともなく目を張って見て居ると、ガラス障子の向うに、我枕元にあるランプの火の影が写って居る。もっともガラスとランプの距離は一間余りあるので火の影は揺れてやや大きく見える。それをただ見つめて居ると涙が出て来る。すると灯が二つに見える。けれどもガラスの疵の加減であるか、その二つの灯が離れて居ないで不規則に接続して見える。全くの無心でこの大きな火の影を見て居るとその火の中に俄に人の顔が現れた。
 見ると西洋の画に善くある、眼の丸い、くるくるした子供の顔であった。それが忽ち変って高帽の紳士となった。もっとも帽の上部は見えて居らぬ。首から下も見えぬ…

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