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藍微塵の衣服
あいみじんのきもの
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」 国書刊行会
1995(平成7)年8月2日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-06-11 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これは東京の芝区にあった話である。芝区の某町に質屋があって、そこの女房が五歳か六歳になる女の子を残して病死したので、所天は後妻を貰った。
 後妻と云うのは、気質の従順な、何時も愉快そうな顔をしている女で、継子に対しても真の母親のような愛情を見せたので、継子も非常に懐いて、所天も安心することができた。
 が、その後妻が、しばらくすると黙り込んで、あまり口数を利かないようになり、その女を包んでいた花の咲きそうな温な雰囲気が無くなって、冷たい強ばったものとなってしまった。
 それに気の注いたのは、質屋の親類の老人であった。老人は種々の経験からこれは所天が他に気をうつす者があって、女房をかまってやらないから、血の道が悪くなったものだと思った。で、老人はある日、後妻を己の家へ呼んで聞いてみた。
「どうもこの比は、浮かない顔をしているが、どうしたかね」
「別にどうしたと云うこともありません」
「しかし、何かあるだろう、どうもお前さんは、この比浮かない顔をしている」
「別に何もないんですよ」
「あるだろう、無いことはない、私の考えでは、彼がお前さんをかまわないと思うが、そうじゃないかね」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「なら何かね、云ってごらん、お前さんの力になってやるよ」
 こうした会話がかわされた後で、後妻は蒼白い顔をあげて云った。
「私がこんなにしているのは、恐ろしいことがあるからですよ、夜寝ておりますと、仏壇のある方の室とこっちとの間の襖が開いて、女の人が出て来てお辞儀をするから、もう恐ろしくって恐ろしくって、夜もおっちりと睡ったことはありませんが、所天に云うのも厭だから黙っております」
「どんな女だね」と、老人は聞いてみた。
「壮い[#挿絵]な女ですよ、藍微塵の衣服を着て、黒襦子の帯を締め、頭髪は円髷に結うております」
「何か云うかね」
「何も云わずに、白い痩せた手をしとやかに突いて、私の方へ向いてお辞儀するのですよ」
 老人はすぐ前妻ではないかと思ったが、それは口へは出さなかった。そして、所天を呼びにやって所天を前に据えて後妻の云ったことを話した。
「藍微塵の衣服を着ていたと云うが、何かお前に心当りがあるのか」
 藍微塵の衣服は前妻が非常に好きで、何時も好んで着ていたのを知っている所天は、背筋が寒かった。
「……それは死んだ彼女が好きな衣服だったのですよ」
 老人は頷いてちょいと口をつぐんでいたが、
「なんの心残りがあるんだろう」と半ば独言のように云った。
「そうですとも、弔いはあんなにしてあるし、何も不足はないはずだが」所天はこう云った後で、傍にいる後妻のほうを見て、「小供はお前があんなに可愛がってくれるし、不足はないはずだ、もし、今度そんなことがあったら、俺が叱ってやるから、俺を起してくれ」
 その翌晩、所天と後妻は、女の子を中にして何時ものように…

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