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切支丹転び
きりしたんころび
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第一巻 女怪の館」 国書刊行会
1995(平成7)年7月10日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-05-12 / 2014-09-16
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 大久保相模守は板倉伊賀守と床几を並べて、切支丹の宗徒の手入を検視していた。四条派の絵画をそのままに青々とした岸の柳に対して、微藍の色を絡めて流れていた鴨河の水も、その日は毒々しく黒ずんで見えた。
 それは慶長十七年三月のことであった。切支丹の邪宗を禁じて南蛮寺を毀った豊臣秀吉の遺策を受け継いだ幕府では、オランダ人からポルトガル人に領土的野心があると云う密書を得てからその禁止に全力を傾けた。先ず残存している教会堂を毀つとともに、大久保忠隣を奉行として近畿に送り、所司代板倉勝重と協力して、切支丹の嫌疑のある者を残らず捕縛さし、それを一人一人菰に巻いて、四条から五条の磧に三十石積、五十石積と云うように積んで、それを片っ端から転がした。
「転べ転べ」
 所司代の役人達は手にした鉄棒で、蓑虫のように頭ばかり出したその人俵の胴中をびしびしと叩いた。改宗に志のある者は不自由な体を無理に動かして転がった。転がった者は町役人に請手形を入れさして、俵を解いて赦してやった。
 俵の中から出ている顔には、色の白い人形のような顔もあった。赧ら顔の老人の顔もあった。髯を剃った青あおした顔もあった。老婆の顔もあった。賤しい醜い年増女の顔もあった。頭のぐるりを剃ってぼんのくぼの髪の毛ばかり残っている少年の顔もあった。僧侶らしい顔もあった。皆の顔は苦痛のために、眼は引釣り、口は歪み、唇や頬には血が附いていた。そこからは嵐のような呻吟と叫喚が漏れていた。洛中洛外の人びとが集まって来て、見せ物か何かのようにそれを見物していた。
 見物人の一人は、直ぐ眼の前の人俵のうめきの中に、かすれた男の声を聞いて、どの顔の主からそれが出ているかを確めにかかった。それは下積になった商人らしい男の口からであった。
「ありがたいことじゃ、ないないかような大難に逢うて、天主様の御救けに与り、天国へ生れて、安楽な活計に、ひもじい目にも逢わず、瓔珞をさげていたいと願うていたところじゃ、早う打ち殺して、天国へやってくだされ」
「せんす、まる、まる」
「天国、天国」
「後生は見て来んことじゃから、それはおってのこと、こうひもじゅうては、眼が舞いそうじゃ、そのうえ、この間中の談議ごとに、大難に逢うときは、百味の御食をくだされて、天の上へ引きあげてくだされるとのことじゃったが、この大難に煎餅一枚もくだされないとは何事じゃ」
「上から押しっけられ、持ち重りがして、どうにも呼吸が切れてしかたがない、義理も外聞も云ってはおられん、早う転ばしてくだされ」
 その声は侍らしい壮い男の口から出た。それを耳にした七八人の見物人はどっと笑った。
「転べ、転べ」
 所司代の役人の怒鳴る声がそこでもここでもしていた。
「こら、転ばないか」
 役人の一人は鉄杖を持ち直して、脚下に転がった人俵の一つの胴中をびしゃりとやった。その人俵からは老人の白髪頭…

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