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思ひ出す牧野信一
おもいだすまきのしんいち
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」 角川書店
2003(平成15)年11月25日
初出「文学界」1936(昭和11)年5月号
入力者村松洋一
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-10-17 / 2014-09-15
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 牧野信一が縊死した。原因が何であるか、私は知らない。新聞に拠れば、神経衰弱が原因だし、宇野女史との恋愛なぞといふことも一寸載つてゐたが、どれも直ちに信じる気にはなれない。仮りに正しく神経衰弱が原因だつたとしても、単純な受験生のそれではあるまいし、その神経衰弱の因つて来た所を考へてみたくなる。恋愛の方はといへば、てんで問題にしたくはない。牧野さんといふ人は、恋愛に殉じる態の純情家といふものとは遙かに縁遠いと思はれるからだ。
 人が自殺した時、それも作家が自殺した時、その原因を簡単に云つてしまふなぞはよくないことである。何も記者が簡単に云へるものと考へてゐるとは思はないけれど、それを一般世間が可なりオーム返しに信じたりする風景は、なさけなく思はれるのである。
 恐らく、人が、思はず云ひ過ぎをしてしまふやうに、自殺も、思はずしてしまふやうなものに相違ない。
 芸術家としての牧野さんは、幾分線が細過ぎたやうに私は思ふ。「西部劇通信」だの「ゼーロン」だのを書いた昭和五年の頃は、彼の返り咲きの観があつたし、評判がよかつたのであるが、あの頃のものよりも、それから暫く後に書いた、水車小屋の壁に凭れて月の明りで手紙を読む短篇なぞの方が、遙かに牧野さんらしいものであると思はれる。「西部劇通信」にも無論個性は十分に現はれてゐるのであるが、人物をギリシャ人に仕立てたりするあの仮構は、作者自身にしつくりしたことではなかつたと思ふ。手短かに云へば、作家牧野は、もつと書き流す態の作をするにはあまりに純粋の要求があり過ぎたし、完固たるフォルムに到達するためにはあまりに情調派であり過ぎたのである。即ち自家の文体を実現し了せなかつたこの作家は、一生涯習作をしてゐたといへるし、絶えざる模索の状態は彼を鬱屈させてゐたのであつた。
 そのやうな彼が棲息するに、ただもうゴマカルことを事としてゐるかの如き現代インテリ界は不適当なものであつた。それかあらぬか彼はただ徒らに気を弱くされてゐた。
 私が最初に会つたのは、一昨々年の五月である。西銀座の「きゆぺる」の二階で会つた。その夜我々は新しく始める同人雑誌の相談で、同人二十人ばかりで其処へ集つてゐた。同人中の谷丹三が牧野さんを知つてゐたので、その夜来て貰ふやう頼んでおいたのであつた。大変元気で粗忽が自慢でもある、甚だ罪のない男がその夜の進行係をやつてゐて、一人で大声で喋舌つてゐたが、大部分の者は聴いてもゐなかつた。とにかくその座はザワザワしてゐた。其処へやつて来た此の鉄色がかつた栗色の肌の牧野信一は、部屋に這入るなり進みもしないで坐つた。久留米絣を来てゐて、既に酔つてゐた。「僕、邪魔はしないからねえ、邪魔はしないからねえ」と、みんなの者に云つたのがその時の挨拶であつた。みんなむしろ邪魔されて欲しいくらゐのところへ、この挨拶は、一寸ツカないものであつた。牧…

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