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![]() ながさきしょうひん |
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作品ID | 104 |
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著者 | 芥川 竜之介 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「芥川龍之介作品集第三巻」 昭和出版社 1965(昭和40)年12月20日 |
初出 | 「サンデー毎日」1922(大正11)年6月 |
入力者 | j.utiyama |
校正者 | かとうかおり |
公開 / 更新 | 1999-01-26 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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薄暗き硝子戸棚の中。絵画、陶器、唐皮、更緲、牙彫、鋳金等種々の異国関係史料、処狭きまでに置き並べたるを見る。初夏の午後。遙にちやるめらの音聞ゆ。
久しき沈黙の後、司馬江漢筆の蘭人、突然悲しげに歎息す。
古伊万里の茶碗に描かれたる甲比丹、(蘭人を顧みつつ)どうしたね? 顔の色も大へん悪いやうだが――
蘭人、いえ、何でもありませんよ。唯ちつと頭痛がするものですから――
甲比丹、今日は妙に蒸暑いからね。
唐皮の花の間に止まれる鸚鵡、(横あひより甲比丹に)[#挿絵][#「[#挿絵]」は底本では「謔」]ですよ。甲比丹! あの人のは頭痛ではないのです。
甲比丹、頭痛ではないと云ふと?
鸚鵡、恋愛ですよ。
蘭人、(鸚鵡を嚇[#「嚇」は底本では「嘛」]しつつ)余計な事を云ふな!
甲比丹(蘭人に)まあ黙つてゐ給へ。(鸚鵡に)さうして誰に惚れてゐるのだい?
鸚鵡、あの女ですよ。ほら、あの阿蘭陀出来の皿の中にある。――
甲比丹、何時も扇を持つてゐる女か?
鸚鵡、ええ、あれです。あの女は顔こそ綺麗ですが、中々気位が高いものですからね。
蘭人、(再び鸚鵡を嚇しつつ)こら、失礼な事を云ふな!
甲比丹、さうか? それは気の毒だな。(金象嵌の小柄の伴天連に)どうしたものでせう? パアドレ!
伴天連、さあ、婚礼はわたしがさせても好いが、――何しろ阿蘭陀生れだけに、あの女の横柄なのは評判だからね。
蘭人、どうかもう御心配なさらずに下さい。(やけ気味に)いざとなればあの種が島に、心臓を射抜いて貰ひますから。
種が島、(残念さうに)駄目だよ。僕は錆びついてゐるから、――サアベル式の日本刀にでも頼み給へ。
牙彫の基督、(紫壇の十字架上に腕をひろげつつ)無分別な事をしてはいけない。ふだん云つて聞かせる通り、自殺などをしたものは波群葦増の門にはひられないからね。(麻利耶観音に)お母様! どうかしてやる訳には参りませんか?
麻利耶観音、さうだね。ではわたしが頼んで見て上げようか?
伴天連、さう願へれば仕合せでございます。
甲比丹、どうか御尽力を願ひたいと存じますが、――(蘭人に)君からもおん母に御頼みし給へ。
蘭人、(恥しげに)何分よろしく御願ひ申します。
鸚鵡、御恵深い麻利耶様! わたしからもひとへに御願ひ致します。
麻利耶観音、(阿蘭陀の皿に描かれたる女に)あなた!
阿蘭陀の女、何か御用ですか?
麻利耶観音、はい、実はこの若い方があなたを御慕ひ申してゐるのださうですが、――
阿蘭陀の女、まあ嫌です事。わたしはあの方は大嫌ひでございます。
麻利耶観音、それでも体さへ窶れる程、思ひ悩んでゐるやうですから、――
阿蘭陀の女、それはあの方の御勝手ではありませんか? 一体わたしは日本出来や支那出来の方は虫が好かないのです。
麻利耶観音[#ルビの「くわ…