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尾形了斎覚え書
おがたりょうさいおぼえがき
作品ID115
著者芥川 竜之介
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 43 芥川龍之介集」 筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日
初出「新潮」1917(大正6)年1月
入力者j.utiyama
校正者野口英司
公開 / 更新1998-10-05 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今般、当村内にて、切支丹宗門の宗徒共、邪法を行ひ、人目を惑はし候儀に付き、私見聞致し候次第を、逐一公儀へ申上ぐ可き旨、御沙汰相成り候段屹度承知仕り候。
 陳者、今年三月七日、当村百姓与作後家篠と申す者、私宅へ参り、同人娘里(当年九歳)大病に付き、検脈致し呉れ候様、懇々頼入り候。
 右篠と申候は、百姓惣兵衛の三女に有之、十年以前与作方へ縁付き、里を儲け候も、程なく夫に先立たれ、爾後再縁も仕らず、機織り乃至賃仕事など致し候うて、その日を糊口し居る者に御座候。なれども、如何なる心得違ひにてか、与作病死の砌より、専ら切支丹宗門に帰依致し、隣村の伴天連ろどりげと申す者方へ、繁々出入致し候間、当村内にても、右伴天連の妾と相成候由、取沙汰致す者なども有之、兎角の批評絶え申さず、依つて、父惣兵衛始め姉弟共一同、種々意見仕り候へども、泥烏須如来より難有きもの無しなど申し候うて、一向に合点仕らず、朝夕、唯、娘里と共にくるすと称へ候小き磔柱形の守り本尊を礼拝致し、夫与作の墓参さへ怠り居る始末に付き、唯今にては、親類縁者とも義絶致し居り、追つては、村方にても、村払ひに行ふ可き旨、寄り寄り評議致し居る由に御座候。
 右様の者に候へば、重々頼み入り候へども、私検脈の儀は、叶ふまじき由申し聞け候所、一度は泣く泣く帰宅致し候へども、翌八日、再私宅へ参り、「一生の恩に着申す可く候へば、何卒御検脈下され度」など申し候うて、如何様断り候も、聞き入れ申さず、はては、私宅玄関に泣き伏し、「御医者様の御勤は、人の病を癒す事と存じ候。然るに、私娘大病の儀、御聞き棄てに遊ばさるる条、何とも心得難く候。」など、怨じ候へば、私申し候は、「貴殿の申し条、万々道理には候へども、私検脈致さざる儀も、全くその理無しとは申し難く候。何故と申し候はば、貴殿平生の行状誠に面白からず、別して、私始め村方の者の神仏を拝み候を、悪魔外道に憑かれたる所行なりなど、屡誹謗致され候由、確と承り居り候。然るに、その正道潔白なる貴殿が、私共天魔に魅入られ候者に、唯今、娘御の大病を癒し呉れよと申され候は、何故に御座候や。右様の儀は、日頃御信仰の泥烏須如来に御頼みあつて然る可く、もし、たつて私、検脈を所望致され候上は、切支丹宗門御帰依の儀、以後堅く御無用たる可く候。此段御承引無之に於ては、仮令、医は仁術なりと申し候へども、神仏の冥罰も恐しく候へば、検脈の儀平に御断り申候。」斯様、説得致し候へば、篠も流石に、推してとも申し難く、其儘凄々帰宅致し候。
 翌九日は、ひき明け方より大雨にて、村内一時は人通も絶え候所、卯時ばかりに、篠、傘をも差さず、濡鼠の如くなりて、私宅へ参り、又々検脈致し呉れ候様、頼み入り候間、私申し候は、「長袖ながら、二言は御座無く候。然れば、娘御の命か、泥烏須如来か、何れか一つ御棄てなさるる分別肝要と存じ候。」斯様申し聞け候へ…

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