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往生絵巻
おうじょうえまき
作品ID117
著者芥川 竜之介
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 43 芥川龍之介集」 筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日
初出「国粋」1921(大正10)年4月
入力者j.utiyama
校正者もりみつじゅんじ
公開 / 更新1998-12-28 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

童 やあ、あそこへ妙な法師が来た。みんな見ろ。みんな見ろ。
鮓売の女 ほんたうに妙な法師ぢやないか? あんなに金鼓をたたきながら、何だか大声に喚いてゐる。……
薪売の翁 わしは耳が遠いせゐか、何を喚くのやら、さつぱりわからぬ。もしもし、あれは何と云うて居りますな?
箔打の男 あれは「阿弥陀仏よや。おおい。おおい」と云つてゐるのさ。
薪売の翁 ははあ、――では気違ひだな。
箔打の男 まあ、そんな事だらうよ。
菜売の媼 いやいや、難有い御上人かも知れぬ。私は今の間に拝んで置かう。
鮓売の女 それでも憎々しい顔ぢやないか? あんな顔をした御上人が何処の国にゐるものかね。
菜売の媼 勿体ない事を御云ひでない。罰でも当つたら、どうおしだえ?
童 気違ひやい。気違ひやい。
五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
犬 わんわん。わんわん。
物詣の女房 御覧なさいまし。可笑しい法師が参りました。
その伴 ああ云ふ莫迦者は女と見ると、悪戯をせぬとも限りません。幸ひ近くならぬ内に、こちらの路へ切れてしまひませう。
鋳物師 おや、あれは多度の五位殿ぢやないか?
水銀を商ふ旅人 五位殿だか何だか知らないが、あの人が急に弓矢を捨てて、出家してしまつたものだから、多度では大変な騒ぎだつたよ。
青侍 成程五位殿に違ひない。北の方や御子様たちは、さぞかし御歎きなすつたらう。
水銀を商ふ旅人 何でも奥方や御子供衆は、泣いてばかり御出でだとか云ふ事でした。
鋳物師 しかし妻子を捨ててまでも、仏門に入らうとなすつたのは、近頃健気な御志だ。
干魚を売る女 何の健気な事がありますものか? 捨てられた妻子の身になれば、弥陀仏でも女でも、男を取つたものには怨みがありますわね。
青侍 いや、大きにこれも一理窟だ。ははははは。
犬 わんわん。わんわん。
五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
馬上の武者 ええ、馬が驚くわ。どうどう。
櫃をおへる従者 気違ひには手がつけられませぬ。
老いたる尼 あの法師は御存知の通り、殺生好きな悪人でしたが、よく発心したものですね。
若き尼 ほんたうに恐しい人でございました。山狩や川狩をするばかりか、乞食なぞも遠矢にかけましたつけ。
手に足駄を穿ける乞食 好い時に遇つたものだ。もう二三日早かつたら、胴中に矢の穴が明いたかも知れぬ。
栗胡桃などを商ふ主 どうして又ああ云ふ殺伐な人が、頭を剃る気になつたのでせう?
老いたる尼 さあ、それは不思議ですが、やはり御仏の御計らひでせう。
油を商ふ主 私はきつと天狗か何かが、憑いてゐると思ふのだがね。
栗胡桃などを商ふ主 いや、私は狐だと思つてるのさ。
油を商ふ主 それでも天狗はどうかすると、仏に化けると云ふぢやないか?
栗胡桃などを商ふ主 何、仏に化けるものは、天狗ばかりに限つた事ぢやない。狐もやつぱり化けるさうだ。
手に足駄を…

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